No1
何かが終わったのだが
何が始まっているのか、わからない
 2012年の夏は「記録的な猛暑」として記憶されるのだろう。
 60年以上生きてきて、「まいったなあ」と嘆息の連続だった夏というのは、初めての経験だ。節電の声も虚しく、事務所のクーラーは付きっぱなし、流行に乗り遅れることなく人並みに体調も崩した(熱中症)。
 しかし、特筆すべきことは別にある。
 暑くなり始めた7月から、秋の風がようやく吹き始めた10月下旬までの4ヵ月間、本の注文は少なく、出版依頼の数も極端に減ったことだ。
 もう35年以上この仕事を続けてきた。夏場は他の季節より本の動きが鈍くなるのはいつものこと。こう暑くっちゃね、といつも暑さのせいにして、うっちゃってきた。そして多少の数の変動はあるものの、いつも秋には本は売れだし、いつもの日常にもどっていく……。はずなのに今年は違った。出版社にとって稼ぎ時である「秋の読書シーズン」にはいっても、注文も出版依頼も極端に少ないままなのだ。
「なにか、よくわからない大きな地殻変動が起きているのでは……」
そんな不安というか焦燥のようなものまで感じはじめた。いつもの「暑さによる停滞」だけの理由ではないのは確かだ。
 何かが終わったことははっきりしているが、何が始まっているのかは、よくわからない。
               *
 最近はめったに行くことはなくなったが、東京に行くことにした。出版のことは東京に行かないとわからない。出版は、いわば東京の地場産業のようなもの。いま自分の周辺に起きている「異変」は無明舎だけの問題なのか、それとも出版界全体の問題なのか。本場で確かめてみよう。
 暑さも収まったころ合いを見計らい出かけた。
 年に2,3回しか上京しないので、えらそうなことはとても言えないのだが、書店に客は少なく、喫茶店や電車で見かける人々も思いなしか暗く沈んでいる印象だった。あくまで印象にすぎないのだが、もう不況慣れし、それが日常になっている秋田で暮らすものにとって、東京はその対極にある存在というイメージのせいかも知れないが、、想像以上に飲食店もすいていて、ちょっと拍子抜けした。これもやはり不況のせいなのだろうか、と一人勝手に邪智する。
 いつもお世話になっている取次の地方小出版流通センターのKさんの話を聞いた。K氏の答えは予想以上に厳しいものだった。やはり、うちと時期を同じくして、本が全く動かなくなった、というのだ。創業以来、こんなに暇になったのは始めて、とまで言う。うちの状況と全く同じだ。いったい何が起きているのか。さすがのK氏も、この現象を言語化できないことにもどかしさを感じているようだ。  次に新聞広告を創業以来お願いしている広告代理店のI氏の話を聞いた。広告業界も厳しい状況には変わりないのだが、大きな広告はダメでも小さな広告の数は若干増えつつあり、そこに活路を見出している。といってもI氏の会社自体、20年前から比べると社員数は3分の一になったとのこと。
 印刷業者の声はもっと切実なものだった。ある大手自費出版会社の印刷を請け負っている小さな印刷所は、「毎月20点以上の発注があったのに、今は5点前後、自費出版だけは大丈夫だと思っていたけど、厳しいねえ」
 合う人会う人、こんな話ばかりだ。いつもはすいていた夕方5時前後の電車が満杯なのも、「不景気で残業がないから、みんな早く家に帰るんだよ」といわれと、なぜかそんなふうに見えてしまうのが東京の怖いところだ。
 「6月以降、異常としか思えないほど売り上げが落ちている」
 この現象をうまく言語化して説明してくれた人は、まだいない。
 もしかしてこれこそ、「3・11」の影響なのではないか。
 東日本大震災から1年半近く経っていま、ようやく「むき出し」の影響が出始めた、ということはあり得ないのだろうか。
 そんな目で見ると、東京の電車や書店や喫茶店で見かける人たちの多くが、うつむき加減で暗そうに見えるのも納得がいく。改装なった東京駅だけが観光客でお祭りのような騒ぎだった。

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