中国江西省で1999年から3年余、さらに中国山東省青島で2007年から4年半の駐在員生活を体験、いつかシルクロードをバイクで走りたいと中国の運転免許を取得したダンナ(菅井普三)と、駐在先に押しかけてはバックシートに陣取って気ままに手綱をふるう主婦(菅井直子)の二人。中国の田舎を見て食べて走った日々を女性の視線で記録しようと、主婦の見たもの感じたものをダンナがまとめるという共同作業。その結果、著者名は菅井二人に。
No58
いつかシルクロードをバイクで走りたいと中国の運転免許を取得した駐在員のダンナ。駐在先に妻を呼んでは二人でバイクにまたがり風になる。その様はまさにフタコブラクダ。中国の田舎を見て食べて走った、普段着の中国の記録。



内モンゴル、71年目のおもかげ 5
2012年4月26日(木):樹林招鎮→響沙弯→包頭→北京



 モンゴルの草原を、バイクや馬で走ることは出来なかった。それなら砂漠でラクダに乗ろうと響沙弯に向かった。ホテルから国道G210で15Kmの砂漠で、風で砂が鳴ることからこの名がついた。タクシーの中、「鳳凰伝奇を知ってる?」とダンナが運転手さんに聞いたら「アッハン」との返事。「五歳の私の子は、携帯に入れてこの歌を聴かせると、アッハンと応えるんです、大好きですよ」。これは鳳凰伝奇の「郎的誘惑」という歌だ。鳳凰伝奇は男女のデュオで男が「娘子(ニャンズ)!」と呼びかけると「アッハン!」と女が答える楽しい歌。
 ダンナは中国から彼らのCDをいっぱい買ってきて車に入れている。分類は「民歌」に入るけれど、リズムも良くてポップスに近い。中国民歌といえば男は軍服、女は民族衣装を着て歌うのが普通。このデュオは男がモヒカン刈に革ジャン、女は鼻ピアスに何処のものとも分からないような衣装で歌う。そして民謡の中にラップが混じる。しかしこの女性は実はモンゴル族で、圧倒的声量と素晴らしい歌唱力の持ち主だ。
 「日本もモヒカン刈、革ジャンの民謡歌手が、ラップを入れて民謡を歌ったらいいのにな」とダンナは恐ろしいことを言う。中国の民歌はチベット、モンゴルの草原を高らかに歌うものが多い。新しい曲もCDも出て、中国では民歌は大人にも、子供にも人気が高い。
 今日はかなりの強風で、空は黄土色に薄暗く煙っている。入場ケーブル券120元(1,680円)を払い、駐車場からケーブルに乗って砂丘に入る。時々横殴りの強風が吹き、舞い上がった砂粒が顔や手に当たるとかなり痛い。足には靴の上からひざまで、すっぽりと厚いカバーに包んで縛る。顔は大きなスカーフで包み、サングラスをかけると、私もアラビアのロレンスにみえる。
 砂漠専用車に乗り、砂丘を幾つも越えて奥に入ると、ラクダ園がある。ラクダ方さんが「しゃがんで!」と指示すると、膝をつきコブの間に座る。「立て!」の指示で立つとこれがすごく高い、ラクダは足が長いのだ。ラクダ方が手綱を取って目的地までたっぷり歩き、最後ちょっとだけ走ってくれる。私達を降ろすと、ラクダ方がラクダに騎乗してラクダ園に帰ってゆく。
 ひょいと後ろを振り返ったら、すごい速さで砂の上を駆けて行く。「月の砂漠のラクダ」はゆったりだけど、本当はサーベル振り回して乗る、戦闘的乗り物なんだ。次に開拓列車のようなものに乗って出発点まで戻った。砂漠の乗り物3種セットで120元(1,680円)、面白いけれどお金がかかるようにできている。

響沙弯の砂丘でラクダに乗る
 途中からダンナが「カメラが動かない」と、写真を撮らなくなった。日本に帰ってカメラ屋に分解掃除を頼むと、「細かい砂が内部に入り込んで、修理できません」と言われた。実際この時は、微細な砂粒が髪の毛、口、目、鼻、耳の穴まで入り込み、泥が乾いたみたいに、何度拭いても取れなかった。
 中国西部の砂漠地帯から、日本に飛んでくる黄砂は、直径が2〜5μという。人の髪の毛が直径80μ、スギ花粉が30ミクロンだから、黄砂は本当に微細な粒子だ。この微細さからいったん舞い上がると、大気中に長い間留まる事ができる。砂漠を通過する低気圧が、むき出しの地表から黄砂を大気中に巻き上げ、上空の偏西風にのって海を越え、日本にやって来る。
 中国では砂漠の面積が国土面積の30%を占め、中国全体の農耕地面積より大きいといわれる。しかも乱開発、乱伐採、過放牧、温暖化などで砂漠化が進んでいる。実際シルクロードをバイクで走った時、乾燥に強いラクダ草でさえ、赤茶けて枯れているのを見た。
 包頭から固陽県に向かう道で、お義母さんは寂しかったろうと感じた。日本から来ると、不思議なのは山に木がない。日本はどの山を見ても、当たり前に青々と木が生えている。しかし海外にゆくと、これは当たり前ではない。そんな中、内モンゴルに日本から植林にゆく、NGOグループが幾つかあって、すばらしい活動をやっている。日本の植林技術で、モンゴルの山を緑に変えるなんて、お義母さん達がきっと喜ぶだろう。
 包頭発21時40分の飛行機で北京に行き、翌日7時35分の便で仙台に帰る。お義母さん達が遠い内モンゴルの地で、慣れない食べ物、厳しい気候のなか、戦争や病気を乗り越え、二人の子供をもうけた新婚生活、その面影を少しは感じることができた旅だった。
                            
−完−





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