前回の通信発行は2019年10月1日。10か月ぶりの53号です。この長い中断はコロナ禍のためだけではありません。紙かデジタルかという選択や、新刊点数の少なさが、発行を踏みとどまった理由です。これからも新刊点数の数によって、不定期な発行を続けていくという形になりそうです。
 ちょうど100年前のスペイン風邪では、秋田県下でも感染死亡者が4500人ほどいました。感染者は25万人に達しています。ちなみにスペイン風邪とスペインという国は何の関係もないのですが、同じころ南米のエクアドルでは黄熱病が発生しています。福岡伸一氏の本によれば、アメリカの医学研究所で学んでいた野口英世は、いちはやく「野口ワクチン」を開発し、エクアドル人の英雄になりました。しかし時間がたち科学が進歩すると、黄熱病の原因はウイルスで、野口の発見した細菌ではないことがわかります。それ以外にも野口の華々しい発見のほとんどが「科学的根拠がない」ものとして科学史の中から消えていきます。野口の時代には電子顕微鏡がなかったのでウイルスは見えようもなかったのです。猛威を振るったスペイン風邪のさなか、野口英世の母はスペイン風邪の犠牲となって亡くなったそうです。
 日本農業新聞からA・マクヴェティ『牛疫』(みすず書房)というウイルス本の書評依頼がありました。牛疫ウイルスはコウモリ由来で、すでに4000年前に存在していました。本を読んで意外だったのが「日本人科学者」にかなりのページ数が割かれていることです。アメリカの若い歴史学者の書いた本なのですが、牛疫ウイルス根絶には3人の日本人科学者のワクチン開発が重要な役割を果たしていました。日本人としては胸を張りたくなる事実ですが、反面、太平洋戦争中、日本がアメリカに飛ばそうとした風船爆弾は、この牛疫ウイルスの粉末を搭載して動物テロを引き起こす計画だったそうです。これは「報復で今度は日本のコメがやられる」という東条英機の反対で立ち消えになったそうです。兵器化され、根絶された、致死性の病原体の最後の150年間を克明に追った面白い科学レポートでした。
 ヨーロッパでペストが大流行したころ、かの科学者ニュートンは、大学が閉鎖されたことによって、「私の発明、数学、そして哲学にとり最も素晴らしい時代だった」と語ったそうです。
 いつの時代も私たちは「無常」と隣りあわせです。このコロナ禍から、後世を生きる人たちに何を残してやれるのか。そんなことを考えている昨今です。


2月×日 マタギや木地師、山岳信仰や役小角、サンカいった人々に興味を持ち、その手の本ばかり読んでいる。
3月×日 ショッピングセンターでチャーハンとギョーザを食べたら嘔吐。油がよくなかったようだ。
3月×日 カレーライスをつくった。市販のルーに書いているレシピ通りに作ったら、薄味、平板、コクのないカレーで、ガックリ。
3月×日 飲食店はガラガラというので街に出てみるとどこも3,4割程度の入り。行きつけの居酒屋に訊くと「銀行が金を借りてくれって来ましたヨ」とのこと。夜8時、Sシェフから電話で「秋田にも感染者が出た」と連絡。
3月×日 右膝が痛い。連日することがないので散歩しすぎなのかも。
3月×日 自粛と言われれば事務所には冷蔵庫もベッドもある。アマゾンのプライムビデオも時間つぶしにいい。アルゼンチン映画『人生スイッチ』。スウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』を観る。自粛も悪くない。
3月×日 暇つぶしには「料理」も効果的。「ぬか漬け」に挑戦。本と料理と映画に、ちょっぴりの仕事があれば一日はあっという間に過ぎていく。
3月×日 方向オンチで地図が読めない。昭文社が出した『地図でスッと頭に入る世界史』と『地図でスッと頭に入る日本史』の2冊はそんな自分にピッタリの本。中国の「秦」「漢」「隋」「唐」「明」「清」の王朝名や時代背景、地勢などが地図でよく理解できた。
3月×日 ブラジルではJCBカードが使えなかった。JAL(マスター)カードがキャッシュレスカード代わりだった。20円のコーヒーを飲むのさえキャッシュレスの国なのだ。
3月×日 久しぶりに保呂羽山。天気に恵まれ、ミスミソウ(雪割草)が咲き、カモシカやウサギの足跡もくっきり。
3月×日 駅中にある映画館で話題の韓国映画『パラサイト』を観る。面白い映画だが、やっぱりちょっと「くどい」なあ。
3月×日 赤松利市著『下級国民A』は福島の除染作業員など、自身の経験を描いたドキュメント。原発事故のあと事故現場に近い場所の土地を買いあさる、すさまじい悪徳不動産業者たちの姿も描かれている。
3月×日 駅前で大きなキャリーバックを引きずる若者を見かけた。外出自粛の東京帰りの学生だろうか。コンビニからはウエットテッシュも消えた。
3月×日 世のなかがすっかり静かになったのをいいことにブラジルの原稿を書き出す。もう40年間、このテーマで書いては挫折、取材しては頓挫を繰り返し、先はまったく見えない。
4月×日 『向田邦子ベスト・エッセイ』で、車窓からライオンを見た、というエッセイを読む。後年、その文章が雑誌に載ると、「ライオンを飼っていた者です」と著者に突然の電話がある。このエッセイの奇妙な展開にはチョー驚いた。向田邦子、恐るべし。
4月×日 3組の来客があり、全員がたまたま新聞記者。年度末の赴任あいさつや雑談、仕事の相談といった要件。
4月×日 夜は熟睡しているし排便も良好。食欲はあるし、散歩は欠かさない。でも仕事だけは、ヒマだ。
4月×日 座業で物書きに集中しすぎたのか腰痛。近所の整骨院へ。首から背中が「緊張でガチガチに固まっている」といわれた。治療したら痛みの7割がきれいに消えた。
4月×日 スーパーで4リットル瓶1700円の焼酎を6本買い込んでいる老人がいた。売り場に子供がやたら目に付く。これ、コロナの影響なの?
4月×日 ある公共施設に傘を忘れた。3時間後にあわてて探しに行くと、傘はそのまま置かれていた。むやみに人のものを失敬しない文化というのは実にありがたい。
4月×日 椎名誠著『奇食珍食糞便録』を読む。中国の便所は仕切りがなく汚くて不衛生で有名だ。毛沢東の文化大革命の影響で個人所有の便所は贅沢なもの、個室は壁に落書きされやすく政府批判が蔓延する、といった理由で仕切りなしになったのだそうだ。地球上のすべての人類を合計した重さと、地球にいるすべてのアリを合計した重さは同じ、というのも驚いた。
4月×日 印刷製本所は東京にある。その、うちの担当者が「コロナで自宅療養中」と連絡がきた。はじめてコロナを身近に感じてしまう。
4月×日 秋田にも緊急事態宣言。サンパウロでは昨日一日で感染死亡者が2百名をこえ、ニューヨークの友人の出版社には2・5カ月分の給与が連邦政府から振り込まれたという。
4月×日 3・11のあと衝動的に高価な自家発電機を買った。いまだ一度も使っていない。今回はまたもや意味もなく「尿瓶」を買ってしまった。これは何かの役に立つのだろうか。
4月×日 『片手袋研究入門』という本が出た。雪のとけ始めのころ路上でよく見かけるあの片っぽうだけ落ちている手袋の路上観察の本だ。やられたなあ、というのが正直な感想だ。
5月×日 女学生かと笑われそうだが同年配の同性のペンフレンドがいる。彼は大変な手紙魔で自筆の手紙が週1回送られてくる。彼は神戸の有名フランス料理店の元オーナーシェフで、著作もあるし、読書量もハンパない。いつも刺激を受けている。
5月×日 自粛騒動でコンビニなどの「フォーク並び」が徹底された。こうした基本マナーが秋田ではこれまでまったくなかったから、ありがたい。
5月×日 飲食店の自粛が解除。近所のすし屋は以前からほとんど客の入らない店ばかり。自粛解除になっても何も変わらない……というのは失礼か。
5月×日 おそろしいほど1週間が早く過ぎていく。
5月×日 HPに毎週「1本勝負」というブックレビューを書いているのだが1000回を超えた。1年50週で計算しても20年近く書き続けたことになる。
5月×日 ヨーグルトを作りはじめた。テンプラ料理をする機会も増えた。「サラダ油」ってなぜ「サラダ」なの? 外国で生野菜に油(ドレッシング)をかけて食べることを知り、サラダにもあう油を作ったのが名前の由来だそうだ。スナック菓子の「サラダ味」は、「サラダ油を塗って」塩味をつけたスナックのこと、野菜とは関係なかった。
5月×日 『グリーンブック』は黒人差別のロードムービー。白人と黒人の2人でアメリカ南部を車で旅する物語だ。運転手の白人が粗野で無学で下品、ピアニストの黒人が金持ちで品性、知性満点で心優しい、というキャラクター設定が、すでに面白い。
5月×日 アイスキャンディ、ローストビーフ、カレーにカンテン、ぬか漬け、ヨーグルト、最近は昼ごはんにめん類を手作りするのも日課になった。
5月×日 総勢4人で八塩山矢島口ルート。2か月ぶりの山歩きだ。山はやっぱりいいなあ。
5月×日 救急車のサイレンがうるさい。「コロナで家に閉じこもる年寄りたちが増え、体調を崩して病院に運ばれてくる」のだそうだ。本当かなあ。
5月×日 去年読んで感動した河ア秋子『土に贖う』(集英社)が今年度の新田次郎文学賞を受賞。うれしい。
5月×日「特別定額給付金」の申請書が届いた。十万円が身近になった。
6月×日 見る夢は決まっている。20代は飼っていたハトのエサをやり忘れる。30代は体育の時間にトレパンを忘れる。40代は大学受験の準備を怠って試験問題が解けず落ち込む。50代は目の前に巨大な鳥が現れる。最近は資金繰りに追われる夢ばかりだ。
6月×日 半そでに衣替え。先週は1週間のうち4回「外呑み」。自粛の反動だ。
6月×日 HPで新しい連載が始まった。「安倍五郎兵衛天明3年伊勢詣道中記」。底本は横手市増田町で編まれた「道中記」で、加藤貞仁氏の現代語訳。
6月×日 スーパーに越乃寒梅(吟醸酒)の4合瓶が1200円で大量に売られていた。1本買い、秋田の若い杜氏のつくったお酒と飲み比べ。圧倒的に秋田の若い杜氏のつくった酒のほうが芳醇でふくよかでマイルドで、のど越しも勝っていた。50年という歳月は残酷だ。
6月×日 ブラジルの友人(日本人)に読み終わった文庫本などを毎月1箱、船便で送っている。送料は段ボール一箱1万円弱。船便で2ヵ月半ほどかかるが、大切に本を読んでくれる人たちがブラジルにはまだいる。
6月×日日 「過払いCM」の弁護士法人「東京ミネルヴァ」が倒産した。関わった弁護士たちの資格ははく奪すべき。それほどひどい下品なCMだった。
7月×日 大曲の花火の開催が中止に。この波紋は大きいなあ。
7月×日 体重が増えたので昼のめん類をやめてリンゴ・カンテンに戻す。
7月×日 6月が終わった。不気味なほど静かな1か月間だった。注文も依頼も相談も苦情もお誘いも無駄話も、何もない1か月だった。
7月×日 梅雨の合間を練ってSシェフとA長老の3人で男鹿真山へ。
7月×日 雨が続いている。1960年代初頭の早川書房周辺に生きた人たち(生島治郎『浪漫疾風録』、常盤新平『遠いアメリカ』、小林信彦『夢の砦』)の青春自伝風小説をまとめ読み。
7月×日 秋田駒ケ岳の登山道で男性2名がクマの親子に襲われた。クマは確実に人里近くに定住をはじめている。
7月×日 ヒマなので家や事務所にある小銭をかき集めたら13046円あった。硬貨数は352枚だった。
7月×日 鳥海山の小峰・笙が岳へ。ニッコウキスゲをはじめ色とりどりの花々が咲き競っていた。
7月×日 新入舎員(息子)が母親の実家の跡地で畑をやりはじめた。農業は面白いかも。地方の出版と農業はよく似ている。


*コロナ禍でも務めて普通な日常を心がけているのですが、本の注文も出版依頼もめっきり少なくなりました。でもまあ人生ってこんなもんだろう、と半ば諦観と無常観でやり過ごしています。
*紙版通信は不定期になりますが、新刊が5冊以上出たら出そうを合言葉にしています。
*大変な日々をお過ごしかと思います。希望を棄てずに足元を見つめて一歩一歩、前に進んでいきたいものですね。