東京オリンピックの話である。来年ではなく半世紀前の東京オリンピックのほうだ。前回の東京オリンピックが開催された1964年、私は中学生。体操競技で金メダルをとった県出身の小野喬や遠藤幸雄の活躍に熱狂したのを今も鮮明に覚えている。最近、テレビ放映されたNHK『東京ブラックホールU 破壊と創造の1964』は、21世紀の今を生きる若者が前回の東京オリンピックの年にタイムスリップする物語だった。当時のモノクロ未公開映像に現代の俳優をタイムスリップさせ、合成映像で時代の舞台裏に迫る新機軸のドラマだった。物語は秋田から東京に集団就職した若い女性が、出稼ぎに来たまま行方不明になった父親をさがして東京中を彷徨するという設定だ。
 そういえば2008年に出版され話題になった奥田英朗著『オリンピックの身代金』(角川書店)も、仙北地方の貧しい農家出身の若者が主人公だった。東大に入学し、秋田出身者の多い出稼ぎ飯場に身を潜め、オリンピックに浮かれる国家に壮大なテロを仕掛ける小説だ。前回のオリンピックが、「秋田の出稼ぎ」とセットで語られる機会が少なくないのには、実は理由がある。
 「貧乏人は麦を食え」という池田首相の有名な発言から、日本は所得倍増計画と高度経済成長戦略に舵を切り、東京オリンピックと首都圏整備の大工事がはじまった。そして都市部では労働力不足が深刻化する。翌61年には「農業基本法」が公布。農工間の所得格差をなくし、自立農家育成などを目指した法律である。言葉面はいいが、見方を変えれば大量の労働力を生み出すため農民の半分以上を離農させ、工場労働者にすることを狙った施策でもあった。水田は基盤整備で広く平坦になり、人手に変わって農業機械が導入され、牛馬の姿は田んぼから消えた。農作業は省力化され、農家の電化は進み、子供の高校進学率は飛躍的に高くなった。と書けばいいことづくめだが、さして現金収入が必要なかった農村に「現金至上主義」が持ち込まれた大きな変化の始まりでもあった。
 事実、この61年の「農業基本法」を境に、秋田の農民たちは次々と都市へ出稼ぎに行くようになる。出稼ぎ者の数は急カーブを描いて上昇する。清水弟著『出稼ぎ白書』によれば、60年までは県内で1万人ほどだった出稼ぎ者が61年には倍の2万人台になり、以後70年代の終わりまで、全国の出稼ぎ者の2、3割(3万人から6万人)を秋田県人が占めるようになっていく。
 出稼ぎは東京オリンピック工事のためとばかり思っていたが、その元凶は「農業基本法」の中にすでに準備されていたのだ。

9月×日 キャッシュレス時代というが、スマホを使って支払いする「行為」にはまだまだ違和感がある。そういえばブラジルでは「現金を持ち歩かない」社会習慣がすっかり定着していた。現金を持っていると泥棒に襲われる危険があるためだ。
9月×日 10パーセントになる消費税のことをすっかり失念していた。10月からはしばらく注文が途絶えることを覚悟しなければならない。
9月×日 この夏は色違いのパンツ(ズボン)だけを交互にはきつづけた。20年も前に買った山登り用で、腰回りはゴム、パジャマ感覚で楽チン。
9月×日 アマゾン・ベレンにある日伯協会から「日系社会および当協会への貢献のあった人物や団体を表彰するなかに、あなたも選ばれました」というメール。表彰やメダルとは縁のない人生だったが、齢70にして地球の反対側からメダルをいただいてしまった。
9月×日 奥田英朗の新刊『罪の轍』(新潮社)読了。昭和38年、東京オリリンピック前年の男児誘拐事件を描いた犯罪ミステリー。電話がまだ高根の花だった時代の話だが、「方言」「貧困」「莫迦」も物語のキーワードになっていて、私的には今年のベストワン小説。
9月×日 東京のテレビ局から「Kさんと連絡が取れずに困っている」と連絡が入る。Kさんは千葉県在住でメールも電話も不通だという。台風15号の被害なのだが、千葉に住む人の安否を東京の人が秋田の私に訊いてくるというのも、なんだか変な話だ。
9月×日 講談社が「野菜の本」を回収したとのニュース。「コンフリー」が厚生省によって「健康被害」ある野菜として認定されていたためだそうだ。10年前、うちが出した『雑草読本』も同じ指摘を受け、とうに絶版にしている。大出版社はうちの回収事件のことを知らなかったのだろうか。
9月×日 三連休だが仕事。本にトラブルが生じ、事後処理のためだ。
9月×日 稲刈りの時期が遅い。10月下旬にならないと始まらない。コメ農家はどうなっているのだろう。
9月×日 秋田市にある県立美術館の建築設計は安藤忠雄だ。新幹線・秋田こまちの車両デザインはフェラーリの奥山清行。新幹線・大曲駅舎は鈴木エドワードだ。その鈴木エドワードが71歳で亡くなったと今日の新聞に報じられていた。合掌。
9月×日 先日亡くなった森谷康市君(天の戸の杜氏)を偲ぶ仲間内の会。彼がもっとも影響を受けた種麹屋のK社長と作家のSさん、それに私とギャラリー経営者H夫妻の集まりだ。実は彼が逝く翌日、作家のSさん宅で「杜氏の神様」濃口尚彦さんと念願かない森谷君は会うことが決まっていた。
10月×日 身体が怠い。この時期のだるさや食欲不振は「夏バテ」の可能性があるのだそうだ。まずはベッドに潜って安静にしていよう。
10月×日 面白い本に出合った。川内有緒『晴れたら空に骨まいて』(ポプラ社)は「別れと死と散骨」をテーマにしたノンフィクション。泣いてしまう。
10月×日 ついに70歳になった。でも正直なところ「高齢者になった」という自覚がまったくない。
10月×日 台風19号に備えて準備。発電機(ガスボンベで起動)を倉庫から出し、ヘルメットやヘッドランプ、懐中電灯の類を引っ張りだし電池量を確認。飲料水も確保し、車にガソリンを満タン、数日分の食料を確保する。
10月×日 家、事務所、倉庫の火災保険の更新日。「掛け金」がかなり上がっているのは「自然災害が多く支払い額が増えているため」と保険会社側に言われた。
10月×日 関西の友人を鶴岡市まで案内。あのイタリアンの『アル・ケッチャーノ』に行くと、コース料理に「ガザエビの焼きリゾット」が出てきた。ガザエビがイタリアンになるとは、実におしゃれだ。
10月×日 いつも飲むのはもっぱらウイスキーだ。ハイボールで濃さを調節してグビグビ。和食も中華もイタリアンもウイスキーでOKだ。
10月×日 剪定の職人さんが事務所と家の作業に入った。年に一回、木々がきれいにお化粧できる時期で、木々も気持ちよさそうだ。
10月×日 外国でショウユが恋しくなると「ソイソース」といえば問題なく出てくる。大豆からできているソースだから「ソイ」だが、その語源は? と調べたら英語ではなく鹿児島弁だった。鹿児島弁でショウユは「ソイ」と訛り、これが外国でそのまま認知されてしまったのだそうだ。ホンマかいな。
11月×日 3連休最後は太平山奥岳。朝8時から登り始め、獣臭の濃厚な紅葉の林を抜け、山頂にたどり着いたのは11時半。いいトレーニングになった。
体力はそう落ちていないようだ。
11月×日 散歩途中での買い食いが原因で体重はじわじわと増え、止まるところを知らない。今日から甘もの禁止だ。身体が重くなると健康診断の数値は軒並み最悪になる。
11月×日 アマゾン・プライムのサービスで『ゴッドファザー』三部作を2日間がかりで一挙に観た。
11月×日 ジャニーズのタレントが秋田の女性と結婚したという。彼女は確か秋田市出身で山形大学卒だったはず。昨夜、偶然に観た映画『東京女子図鑑』の主人公(水川あさみ)も秋田市出身で秋田大学を卒業後、東京でファッション関係に就職し、転職と恋を重ね大人の女性になっていくという設定の映画だった。ジャニーズの嫁さんと実によく境遇の似た物語だ。
11月×日 痛恨のミス。雄長子内登山で財布を落としてしまった。。財布には免許証が入っていたので焦ったが、その日のうちに無事に戻ってきた。いろんな人に迷惑をかけてしまった。面目ない。
11月×日 綿(ワタ)のことを調べたら原産地はインドだった。これが東インド会社を通してイギリスに運ばれ産業革命の原資となり、奴隷貿易を生み出す元凶になる。イギリスは新植民地アメリカでワタ栽培に乗り出すが、これが南北戦争の引き金になる。生産地・南部では自由貿易を望み、高い関税をかけたい工業地・北部は保護貿易派で、利害が対立する。戦争はリンカーンの「奴隷解放宣言」でイギリスの「南部支援」を難しくさせる戦略が功を奏し、北軍が勝利する。なるほどそうだったのか。
11月×日 徳川5代将軍・徳川綱吉の人間像に迫る、朝井まかて著『最悪の将軍』(集英社文庫)を読む。尾張、紀伊、水戸の御三家の中で水戸家だけが将軍継嗣を出せないと書かれていた。知らなかった。驚いたのは「御袋」という言葉だ。正室と違い側室は「種を宿して産み参らせる」だけの存在なので「御袋」だ。「おふくろさん」って、もともとは殿様の側室を言い表す言葉だったのだ。
11月×日 私の生まれた翌年(1950)、ミス日本第一号が選ばれている。山本富士子だ。このミスコンは戦後の食糧危機を救おうと、アメリカの支援団体から贈られてきた「ララ物資」(アジア救済公認団体)に感謝するため衆議院で緊急決議されたイベントだった。山本富士子はアメリカに感謝を伝えるための「遣米使節」だったのだ。
11月×日 ベーグルとパンの違いがよくわからない。調べると原料がそもそもパンと違っていた。強力粉で低炭水化物、卵やバターを使わない。リング状に成型し「ゆでて」オーブンで焼く。この「ゆでる」というのがベーグルの最大の特徴だった。
11月×日 外は雪景色、昨夜はコッポラの戦争映画『地獄の黙示録』を観た。川の中から顔が出てくる有名なシーンはカーツ大佐(マーロン・ブランド)だとばかり思いこんでいたが、主人公のウィラード大尉のほうだった。
12月×日 ボタン鍋を初めて食した。Kカメラマンから頂いたイノシシ肉だが、くどくないミソ味で、その滋味深い味に驚いてしまった。煮れば煮るほど柔らかくなるのも不思議だ。
12月×日 外はすっかり白一色だ。寒いのも雪も嫌いではない。ついに来たか、という感じだ。冬が来ると自然に身体全体にひきしまるような緊張がみなぎってしまう。
12月×日 農業新聞から依頼されていた書評用の本、河ア秋子著『土に贖う』(集英社)を読む。あまり乗り気ではなかったが、読んでみてビックリ。北海道を舞台に農業に生きた者たちの短編小説集なのだが、筆力も構想力も取材力も一級品でとても面白い本だった。こういう作家がいるから読書はやめられない。
12月×日 散歩の途中、駅前の歩道橋架で黙々とゴミ拾いをする若い女性に遭遇した。服装も通勤途中のOLそのままで、よく意味のわからない光景にうろたえた。ゴミらしきものはどこにも落ちていなかったからだ。帰りには白い杖を頼りに吹雪の中を必死で歩いている盲人を目撃した。声をかけてやるべきかどうか迷って、けっきょく何もしなかった。
12月×日 健康診断はさんざんだった。血圧は高いし体重は去年より2キロオーバー。褒められるのは骨密度だけ。なんともくやしい。
12月×日 毎週のように、テレビ局などから資料や画像転載の依頼がある。一定の金額を要求するようになったらその数はガクンと減った。テレビ局や編プロのいい加減さにはもう慣れっこだが、現金なものだ。
12月×日 太平山前岳登山。夕方からモモヒキーズの納会。
12月×日 イージスアショア問題で賞をとった友人を祝う会で今年の飲み会はすべて終了。

*今回も新刊はなしで、ほとんど半額セール特集です(笑)。
*前からご案内のように、来年からはこの通信は年4回から2回に、減らす方針に決まりました。
年2回発行でしばらく様子を見てみよう、ということになりました。見方を変えれば全面デジカル化は回避した、ということでもあります。
*同じように30年以上続けてきた、本の「送料無料」も見直しが始まっています。宅配や郵便の料金値上がりは予想外で年々きつくなってきたというのが本音です。
*ということでグチばかりの後記になりましたが、皆様にはよいお年を!(あ)