出版の師匠だった津軽書房の高橋彰一さんが亡くなったのは1999年。もう15年以上の歳月が過ぎている。葬儀の時、形見分けに、まだ履いていない津軽塗りの下駄をいただいた。ずっと保管庫に大事にしまっていたのだが、自分も高橋さんが亡くなった70歳に近づいてきた。そろそろ履いてみようと思いたち、市内の履物屋に鼻緒をつけにでかけた。履物屋の主人は下駄をみるなり顔色が変わった。奥さんを呼びよせ、夫婦で「見事な津軽塗……」と絶句。鼻緒をつけていただき(3千円)、奥さんが言うように「履かないで玄関に飾って置くのがいい」という指示に従うことにした。そうか、そんな高級品だったんだ。大切にしよう。橋さん、ありがとう。
 山帰りの車中で、永六輔さんのある印象的な話を仲間に紹介しようと思ったが、なんとなく気のりがせず、やめた。家に帰ったら永さんの訃報が流れていた。やはり何か虫の知らせだったのだろうか。永さんには何度かお会いしている。私の処女作である『中島のてっちゃ』の書評を「話の特集」に書いていただいたのが最初だった。出版のスタートラインで、孤立無援の背中を押していただいた恩人だ。尺貫法の秋田コンサートも主催したし、秋田大学の特別講演にも来ていただいた。本の帯文を書いてもらったこともある。早すぎるなあ。
 簾内敬司さんが7月9日、肺腺癌で亡くなった。私より3歳下の、若すぎる死だ。私が出版をはじめた時、半年ほど先行して二ツ井町で「秋田書房」を旗揚げした。以後、10年間お互いライバルとして活動したのだが、企画センスよく、社会性あるテーマは世の評価が高かった。10年で出版社をたたみ、作家として自立、日本エッセイストクラブ賞など受賞歴も豊富だ。亡くなったのを知ったのは共通の友人である元新聞記者からの連絡だった。不思議なことに、地元紙や全国紙の報道はない。報ずるほどの価値がないということなのだろうか。
 ジャーナリストのむのたけじさんが101歳で亡くなった。私が秋田大学に在学当時、同じ学年にむのさんの娘さんがいた。それが誇らしかったが、当時のむのさんは50代後半、私たち団塊世代には雲の上の存在で、父親世代のヒーローだった。90代にはいってからむのさんは精力的に本を書き、講演をこなし、TV出演をいとわなかった。今が歴史のバトンを次世代に渡すときという自覚があったためだろう。大往生だ。長い間、ありがとうございました。

5月×日 亡くなった義母の後始末でバタバタが続く。1年前に亡くなった藤原優太郎さんのしのぶ会も欠席。不義理ばかりだ。
5月×日 新しい連載がHP上ではじまった。「秋田藩研究ノート」で執筆者は金森正也さん。歴史ものを連載するのは初めてだ。
5月×日 トイレの中に置いて読む本を「トイレ本」と称していたが、「置き本」と書いていた作家がいた。こっちのほうがだんぜんいいとすぐに納得。
6月×日 夏用DM通信の編集作業が終了し、本日入稿。
6月×日 今月は山行が4回、仙台でのお話も女子大が一つ増え4回。新刊は2点で新聞連載が2本。結構忙しかった。
6月×日 家や事務所の庭の剪定作業。2人の庭師がともに若い。はんてん姿もいなせなチョーイケメン。カミさんの指示の声も少しうわずっている。
6月×日 熊本地震以降、本の注文数は確実に減った。もしかすればこのまま低値安定で推移していくのかもしれない。すごい世の中だ。
6月×日 近所の量販店でスーツを買う。何十年ぶりのこと。大学や海外に行く機会が増えたため。
6月×日 仙台日帰り。駅舎がすっかり新しくなっていて驚く。
6月×日 東京駅で甲野善紀をみかけた。古武術家だ。黒っぽい道着に袴、高下駄(一枚歯)、防具を背負って人混みを歩いていた。
6月×日 散歩の途中ものすごい豪雨。逃げ込んだコンビニにタクシーが駐車していたので助かった。深夜やコンビニ客の少ない時間帯に、コンビニ側からタクシーに「ぜひ駐車場を使ってください」と要請されているのだそうだ。
6月×日 ボルダリングはフリークライミングの一種。最低限の道具(シューズとチョーク)で岩や石の壁を登る。人工壁の幾何学的な謎に、身体で答えを見つけるスポーツみたいで、ファンになってしまった。
6月×日 漫画『マコちゃんとヒロシさん』は横手市にある人気居酒屋「日本海」のマスターと客のドタバタ物語。いくら飲もうが食べようが料金は3千円(飲まないと2千円)。年中無休で店内禁煙、酒は「天の戸」のみで、とにかく変な居酒屋だ。行く価値あり。
7月×日 いつのまにか7月。新刊なしで編集準備中も1冊のみ。思いっきり暇な月になりそうだ。
7月×日 TVで巨人―ヤクルト戦を観ていたら6回あたりに球場で花火。3秒遅れてそのリアル音を聴いた。そうか今日は「こまち球場」なんだ。3秒も遅れるって、音ってけっこうのろい。
7月×日 突然事務所にシロアリ騒動。けっきょくシロアリではなく単なるハアリと判明したが、外壁を全面改修をすることに。日本政策銀行に駆け込み短期融資を頼むことになってしまった。印刷所にも銀行にも借金がないのが自慢だったのに。
7月×日 「たくあん」は宮崎産、味噌汁のだしは「茅乃舎」(福岡)。お茶は熊本産で、調味料のケチャップ・マヨネーズ・ポン酢・ソースは徳島のひかり食品……。西日本の食品のレヴェルは東日本よりはるかに高いと実感。
7月×日 湯沢の墓地公園に父母の墓参り。お盆も命日も関係なしの日だ。そこから羽後町の「地蔵禅寺」へ移動。高校生の頃、夏の数週間を友人と勉強合宿した場所だ。懐かしいが、もう思い出せないことばかり。
7月×日 事務所内の資料や本関係の整理終了。整理整頓でスペースができると、なんだか心まで豊かになったような気分。でも二重買いの同じ本が23種類もあり、これはショック。
7月×日 朝の食卓はTVアナウンサーの日本語あらさがし。カミさんは元アナウンサーでことのほかうるさい。「××を行った」となんでも「行う」を付けるのはヘン。「出生(しゅっしょう)」を「しゅっせい」と読もうならゴミ扱い。「喧々諤々(けんけんがくがく」は侃々諤々(かんかんがくがく)か喧々囂々(けんけんごうごう)と正しく使い分けるべき。でも「いきざま」は市民権を得たようだ。明解国語辞典が「間違った日本語ではない」と擁護しているからだろう。「ざま」は「ざまを見ろ」の「ざま」とは違う言葉だそうだ。
7月×日 ケータイ電話はPHS。田舎に行くとほぼ通じない。後輩Sさんからショートメール発信のレクチャーを受けた。パソコンよりレスポンスが早く短く要点のみが伝わる。こんなに便利だったのか。
7月×日 森吉山登山。30度を超す炎天下でヘロヘロに。修行のような苦しい山はもうやめよう。
7月×日 ソーメン3束を食ってしまった。こういうものは「たらふく」食べるものではない。宮本常一の本に、米凶作が続くとタラを煮てグシャグシャに混ぜ、ご飯のようにして食べた。ここから「たら腹」という言葉が生まれた、と書いてあった。
7月×日 事務所の保管庫、遊びの個人倉庫、本類整理に続いて衣類の大処分。45リットルのゴミ袋8つ分の衣類を捨ててスッキリ。
7月×日 リオ・オリンピックに行く応援団が心配だ。リオ名物の泥棒たちはチャラい若者や体力のない老人、着飾っている女性や重い荷物を引きづる物見遊山オヤジを狙う。殺されなければ幸運だった、と真剣に励ましてくれるお国柄だ。大丈夫だろうか。
8月×日 笙ケ岳で4リットルの水を消費。暑い。体力に自信が持てなくなった。もしかしてクーラーのせいか。
8月×日 朝シャワーは気持ちいい。昼からビールを飲まない。山行後のアイス禁止。ご飯と卵のおかわりはなし。朝シャワーはダメ。こうした制約で自分を縛っているのだが、暑さには勝てない。
8月×日 竿燈の真っ最中に外出。飲食店はけっこう空いていた。2軒目のバーで20歳の医学生が隣に。『バーテンダー』というコミックが若者に人気だそうだ。漫画の力ってすごい。アイラ島のオクトモアと「岩井」という長野のウイスキーを呑む。
8月×日 頭が痛い。気分が晴れない。身体が思うように動かない。やっぱりクーラーが問題だ。山でも食欲がない。好きな食材だけで自家製弁当をつくり、何とか腹に押し込んで食べる。
8月×日 時間ができると外に出てリフレッシュというのは60を過ぎてからはキツイ。酒を呑んで宿に泊まるだけで、いつもと違う疲労が蓄積される。年々読書時間も短くなり、持久力や集中力がめっきり衰えている。
8月×日 小説家の南木佳士は「底上げされた自分」をよく戒める。オリンピックで銅メダルをとって不服そうなそぶりを見せる選手は「底上げされた自分」が「本当の自分」だと信じ込んでしまった人たちなのかもしれない。
8月×日 今日は「山の日」。男鹿・寒風山に。新聞は「山の日」用の本の広告で一杯。うちも中日新聞(東京新聞)に三八広告。中日新聞は初めてだ。
8月×日 お盆中もTVでオリンピックを観つづける自分にうんざり。ふだんなら絶対に手に取らない最新芥川賞作品『コンビニ人間』を読む。これが芥川賞の現実か。『火花』を慌てて読まなくてよかった。桐野夏生『猿の見る夢』は夕食を食べる時間が惜しくなるほど面白かった。ついでに話題の『やってはいけないウォ―キング』も読了。
8月×日 家の玄関にヘビ。1メートルはゆうにある茶色っぽい青大将だ。カミさんに知らせるとパニックになる。秘密裡に業者に相談していた矢先、カミさんの友人がヘビと遭遇、カミさんに報告してしまった。えらいことになったと思ったら、「ヘビはけっこう好き」とのたまうではないか。「ヘビは家の守り神。縁起がいいので殺すのはダメ」とSシェフにもたしなめられる。玄関を通るたびに極度な緊張が走る。
8月×日 散歩でいつも郊外の農業用水を見ているので水不足の深刻さを実感。大丈夫だろうか。オリンピック放送(BS)は10種競技とマラソン・スイミング(オープン・ウォーター)がおもしろかった。
8月×日 週日だが休みをとって森吉山・赤水渓谷。全行程15キロの平坦な渓谷歩きで、うち10キロは川の中をジャブジャブ歩く。靴は渓流用ゴム靴で排水性がいい。靴づれで後日苦しむことになるのだが。
8月×日 スクワットをやることにした。1日目は30回を朝昼夜3セット。今日は5セット。2週間後には100回を2セットできるようになりたい。無理かなあ。
8月×日 家の外壁塗装と事務所の外壁改修工事はじまる。2週間以上かかる大工事。どちらも築40年が過ぎ、外も内もボロボロだが愛着は変わらない。
8月×日 昼はリンゴと自家製寒天が定番ランチ。暑くて食欲がないのでソーメンに時期限定で変更。ソーメンを茹でショウガをおろしネギを刻み汁は「創味」。市販のツユだが、そのへんの蕎麦屋さんよりうまい。
8月×日 台風被害は思ったほどではなかった。朝夕は確実に秋の気配。朝は気温20度、今日の最高気温は33度、この温度差が秋だ。2日前、北海道新聞からむのたけじさんの追悼文の依頼。その原稿を書くために四苦八苦。雨で外に出られない。40回3セットのスクワットだけは継続中。
8月×日 アマゾンの古本で黒岩比佐子『伝書鳩』(文春新書)を買う。扉に達筆な自筆サイン。自筆の手紙も入っていて、ある人に寄贈した本だった。黒岩さんは若くして亡くなっている。得した気分と不快な感情(読みもせず売り払った寄贈者への)が入り混じった複雑な気分になった。
8月×日 8月も終わり。暑かったが、自分でもよく仕事をした、とほめてやりたい。誰もほめてくれないから。

*今回は新刊1点、新刊案内も新しいものがつくれませんでした。申し訳ない。次号はたっぷり期待してください。
*雨が多かったり、例年になく暑かったり、クマがいたるところに出没したり、ヘビがいたり、なんだか不安になる日々です。
*山の中ではもっとわかりやすい異変が起きてます。雪量が極端に少なく、水源は枯れ、アブや虫が少ない。どうなっているのでしょうか。    
(あ)