事務所に1枚の写真が飾ってある。今から15年ほど前の祇園祭の夜、京都の梁山泊という料理屋で撮った集合写真だ。編集者・津野海太郎さんと装幀家・平野甲賀さんの還暦を祝う仲間うち(10人ほど)の会だ。料亭主人の橋本憲一さんとTV構成作家・高平哲郎さんが呼び掛け、私は下働き(お手伝い)要員として秋田から動員された。当時は最年少で49歳だった。私の左には俳優の斎藤晴彦さん、左隣は鶴見俊輔さんが写っている。晶文社社長の中村勝哉さんや建築家の石山修武さん、児童文学の今江祥智さんの顔もある。会の途中からニュース・キャスターの筑紫哲也さんも闖入し、大いに盛り上がった。
 その筑紫さんも鶴見さんも今江さんも中村さんも斎藤さんも、今はいない。写真の半数の男たちが、この10年で鬼籍に入った。
 「60代はほんの短い過渡期。50代(中年後期)と70代(まぎれもない老年)のあいだに頼りなくかかる橋。それ以上のものではない」というのは津野海太郎さん。最新刊の『百歳までの読書術』(本の雑誌社)は「本と老い」に関するエッセイ集だ。鼻先でせせら笑っていた年金制度が「異様な存在感を持ってのさばり始めた」と現在の心境を嘆いている。
 仕事は遅々として進まなくても、年を取るスピードだけは日々加速し、身体がそのスピードに追い付けない。自分の70代を想像する余裕もない日々だが、私もそろそろ真剣に「老後」を考えなければならないのかもしれない。
 津野さんの本を発行した本の雑誌社は1976年に椎名誠さんと目黒孝二さんが創刊したもの。目黒さんはミステリー評論家として北上次郎という名前も持つ評論家兼エッセイストだ。津野さんと同じく私の尊敬する人だ。
 その目黒さんから新著『昭和残影―父のこと』(角川書店)という本が送られてきた。目黒さんの父・亀治郎の生涯を描いたノンフィクションだ。亀治郎は19歳で非合法の政治活動で投獄、その後結婚するも女性とは死別、再婚する。古本屋巡りが趣味で書物をこよなく愛する亀治郎の、秘められた過去を膨大な資料を渉猟して書き上げた感動の記録だ。
 実は、この亀治郎の妻と私の祖母は叔母、姪の関係である。目黒さんと私は親戚なのである。私の父親側の兄弟も亀治郎と同じように本を愛し、非合法政治運動で投獄されている。亀治郎とつながる私の祖母の血の影響なのだろうか。

6月×日 手帳をつける習慣が10年以上続いている。毎日食べたものを記入し、体重も記録。これなら三日坊主になれない。いい方法でしょ。
6月×日 日曜日なのに珍しく山行は休み。首筋がかゆく腰が重い。疲労だ。身体の調子を過信している自分を戒める意味もあってのお休み。
6月×日 突然パソコン背後からモクモクと煙が。文字通り「炎上」で、おろおろ。PCがないとなにもできない。
6月×日 なぜか突然企画を3つ思いつきました。ここ数年のボンクラ・オヤジにしては奇跡的な出来事。実現可能かは別にして、チョーうれしい。
6月×日 仙台に出前講義。夜は痛飲で二日酔い。翌朝新幹線で郡山へ。広告企画会社のM女史と会う。福島原発の問題について尊敬するMさんのご意見をうかがうためだ。予想通り、収穫多い郡山行きだった。
6月×日 岩手県西和賀町(旧沢内村)にある高下岳(1322m)。この山は結構ハードだが、景観がすばらしい。
6月×日 その昔、ブラジル日本人移民は「ナーボ」(大根)と小馬鹿にされた。だから大根はてっきり日本原産種の野菜だと思っていたが、外来種だった。古代から日本原産野菜というのはフキ、セリ、ウド、ワサビ、ジュンサイ、ゼンマイ、ワラビの7種のみ。これしかない。知ってました?
6月×日 DM注文もひと段落。毎回注文ピーク時期は短くなっている。
6月×日 仏様にも序列がある、ということを初めて知った。大乗仏教では最上位が「如来」。次が「菩薩」で3番目は「明王」。最後が「天」だそうだ。そうだったのか。
6月×日 1年間で最大の難関の神室山登山から一夜明けた。自分の体力ではギリギリ、去年は途中リタイアした山。無事に登れた達成感が半端ない。ヤレヤレ。
6月×日 「ゲラを回章している」というメール。「回章」という言葉を知らなかった。恥ずかしい。
6月×日 夕食後めずらしく外出。川反の、オーセンテックで全国にも名の通ったバーへ。マスターの風格というか威厳がオーラを放ち、よほど心身とも調子が良くないといけない店。緊張したが、たまにはエリをただして行く価値のある店だ。
6月×日 県展写真部門に「こっそり」作品を応募、運よく入選した。まぐれだけど、うれしい。
6月×日 東京の消費者センターから電話。おたくは消費者に商品を勝手に送りつけ請求する詐欺商法の会社ではないか、といわれる。消費者からのクレームだそうで、調べたらうちの愛読者が犯人。どうやらボケて被害妄想によるものであることが判明。これからこんなことが多くなるんだろうな。
7月×日 県立図書館の所蔵庫にこもり、普段見ることのできない秘蔵史料をたくさん見せてもらった。役得だが普段は図書館とは全く無縁。
7月×日 県展彫刻部門で最高賞をとったNさんは山仲間。そのNさんが受賞トロフィーを家に持ちかえると、「洗剤のほうがよかったのに」と家人に言われたそうな。よくわかります、Nさんの落ち込みかた、同情するなあ。
7月×日 結婚式のスピーチ原稿とか、突然訪ねてきたお婆さんから「遺書を書いてほしい」と頼まれたり、町内文集のゴーストライターや、親子喧嘩の手紙代筆なんていう「変な仕事」も過去にしてきた。最近こういう仕事がなくなった。世知辛い世の中になった、ということなのだろうか。
7月×日 本を読んでいて不意を突かれた。昔の雪国の人たちは「除雪」もしないので冬はヒマ、と書いていたのだ。そうか、昭和30年代ころまでは除雪という概念はなかったんだ。車社会になってやむなく道や車のために除雪が必要になった、というわけだ。
7月×日 山の疲労をとるため、週末はたっぷり栄養を取って、どこへも出かけず英気を養った。そのおかげで体重は増えていた。ガックリ。
7月×日 高校の1年先輩の名刺肩書に「自宅警備・家事手伝い」とあった。自宅警備とは家の戸締りをすること。家事のほうは定年後いきなり「上司」になってしまった妻からのダメ出しがきつく「ほとんど家事ハラです」。
なるほどなあ。よくわかります先輩、その気持ち。
7月×日 仙台で授業のある日だが、日帰りだ。明日午前中に打ち合わせがある。さすがに日帰りはきつい。
7月×日 取次の栗田倒産の影響だろうか、注文だけでなく出版関連の世界がこの数週間微妙な静けさ。やはり栗田倒産が大きな影を落としているのだろうか。
7月×日 昼寝をするようになった。おかげで朝の目覚めが早くなった。
7月×日 夜半から雨。久しぶりの雨で気持ちがいい。恵みの雨だ。梅雨とは名ばかりで近所のため池もカラカラ。雨よふれふれもっとふれ。
7月×日 1か月近く「山断ち」して疲労回復に努めている。夏の疲労は引きずる可能性がある。いい機会なのでダイエットも進行中だ。山に行くと「食いすぎ」で体重が増えてしまう。
7月×日 「大山鳴動して鼠一匹」と
いうたとえ通り、忙しく駆け回っても、ものになりそうな企画は10本に2本あるかないか。野球でいえば2割に満たない打率だからいやになる。
7月×日 矢部宏治著・須田慎太郎・写真『戦争をしない国』(小学館)を2度読む。明仁天皇の折々のメッセージを矢部が解説し、須田のイメージ写真で構成した写真集のように美しい本。昔のベストセラー『日本国憲法』と似ている。ベストセラーになってほしい本だ。矢部さんは友人だ。
7月×日 隣の我が家の屋根改修工事。葺き替えではなく全面改修だ。倉庫改修に続いて今年2回目の工事……いやトイレもリフォームしたから3度目か。毎年、この改修費がバカにならない。
8月×日 PCの基本ソフトを「8」にしたばかりなのに昨日いきなり「10」に。アルバイトのM君がやってくれたのだが、なるほど「10」のほうが使いやすい。「8」って何だったの?
8月×日 映画も舞台も見たことがないのに好きな「芸人」がいる。古川ロッパだ。本の全集物はすべて処分したが『古川ロッパ昭和日記・全4巻』だけは今も大事にとってある。
8月×日 暑い。極力外に出ないようにして事務所で1日中ダラダラ。打ち合わせは1件。Sシェフからナスガッコの差し入れ。夏といえばナスガッコとトウモロコシ、大好物だ。
8月×日 まとまった休みが取れないのは毎日なにかしらのアポが入るため。忙しいが元気だ。と書いて気になって「元気」の語源をしらべてみた。中国由来の言葉で、国家の活力などを表す政治用語だった。個人の健康などに対しては「減気」、「病気が治る」という意味があった。これが元気と混同され、いつのまにか元気のほうに統一されてしまったのだそうだ。「減気」が正しい言葉だったんですよ、ご同輩。
8月×日 日本農業新聞の書評原稿を書く。今回は「シベリア抑留」(新潮選書)という大著。書くのは1時間、読了に1週間費やした。なぜ捕虜でなく抑留なのか。旧ソ連軍の「拉致」は敗戦後に行われたためだ。たまには他者から指示されて無理矢理読まざるをえない本も、新鮮でいい。
8月×日 1か月ぶりの日曜登山は乳頭山。前の晩よく眠られなかった。極度の小心者で、我ながら情けない。
8月×日 お盆は13日から16日までお休み。でも連日何らかの小さな仕事や約束が詰まっている。だからこの期間は事務所にいます。遊びに来て。
8月×日 散歩の途中、田んぼにうずくまっている夫婦が。2人の横には軽トラック、荷台には大きな農薬タンクとホース。新興住宅地の中の田んぼなので、暗くなるのを畦に座って待っていたのだ。日中の農薬散布には近所からモーレツなクレームが来る。夕飯後の暗がりで一挙に撒いてしまうために待機中だったのだ。わが広面は住宅地と田んぼがぎりぎりのところでせめぎあっている。稲たちはそんな事情を知る由もなく、スクスク生育中。今年も豊作のようだ。
8月×日 2日に1冊のペースで本を読んでいる。さらにこの半月で3キロのダイエットに成功。うれしい。外食は当分お預けだ。
8月×日 駅前ビルで開催中の「ツキノワグマ」写真展。秋田市仁別のクマたちを撮った作品展で、画面が明るく深刻ぶらずシャープさのなかにぬくもりがある。加藤明見さんの写真を本にしたくなった。
8月×日 年金だけでは暮らしていけず、早く死にたいと願う老人たちをルポした『下流老人』と『老後破産』の2冊を読む。わかったようなわからないような。『老後破産』はTVそのまま、少し安易すぎたルポでがっかり。
8月×日 日曜日だというのに午後から3つ立て続けに「打ち合わせ」。山に行かないと、どんどん用事が入る。
8月×日 夏休みに入ると子供たちの「職場訪問」が多くなる。編集は見せ場のない仕事なので子供たちの期待に応えられない。なんだか申し訳ない。
8月×日 今年も青森の印刷所から箱いっぱいの「嶽キミ」が送られてきた。早速ゆでてみると、甘くて味が濃い。
8月×日 新刊二本、秋DM、新刊案内などの制作が終了。二ヶ月間の大きな山場をこえた。
8月×日 モモヒキーズの「暑気ばらい」飲み会。今日はのむゾーォ。

*残暑お見舞い申し上げます。
*ようやく新刊案内を更新できました。
*今回は『若勢』(既刊)、『自殺の内景』(9月10日刊)、『美酒王国秋田』(9月15日刊)の3冊の新刊も登場です。
*6月中旬頃から身辺が忙しく、アタフタの日々が続いています。大きなミスをしないように、緊張が続いています。   
(あ)