上原善広『石の虚塔』(新潮社)のサブタイトルは「発見と捏造、考古学に憑かれた男たち」。相沢忠洋、芹沢長介、藤村新一の3人の人生にスポットを当てたノンフィクションだ。藤村が主役の本と思って読みはじめたのだが、違った。「神の手」藤村はこの世界ではピエロにもなれない端役にすぎなかった。「世紀のペテン師」が「幼稚園児」に見えるほど考古学の世界は悪鬼妖怪、魑魅魍魎の跋扈する世界だった。今年度ベストワンはこの本かなあ。
 広告業界やマーケッティングの世界で「島宇宙」という言葉がよく使われる。バブル以降、日本では大きな広告(網)を打っても魚はゴッソリとはとれなくなった。興味対象が細分化し、拡散し、島のように点在化してしまった。要するに広告効果がなくなったのだ。逆に手漕ぎ舟で魚のいそうな場所に小さな網を仕掛けるほうが広告効率ははるかにいい。こうした現象を消費者の「島宇宙化」というのだそうだ。地元紙や大新聞に広告を打ってみて、この言葉が正鵠を射ていることを実感。
 小さくしか報じられていないが、本を裁断、スキャンして電子書籍化する「自炊」代行ビジネス。これは著作権違反と浅田次郎さんら作家が訴えていた控訴審で、知財高裁は「著作権侵害」を認める判決を下した。以前アマゾンで買ったユーズド(古本)にスキャン後のバラバラになった紙の束が送られてきたことがあった。その後、アマゾンの購入画面には「スキャン済」と明記された本が堂々と売られるようになった。もう、こんなこともできなくなるはず。
 著者や読者には、そのアマゾンに過大な期待や幻想を持っている人が少なくない。本ができてくるとなにはともあれ「アマゾンに画像をアップしてください」と言われる。アマゾンは出版社と個別に交渉したり、連絡をとることはない。巨大な、社会と没交渉の、個人書店だ。本を売ってくれるのだが、それは取次店から本やデータが廻ってくるからで、自分たちで本を選び、内容を吟味し、画像をアップしているわけではない。売れればプッシュするが、売れなければ即「品切れ」表示を出す。出版社には大量の在庫があるのにアマゾンでは早々と品切れになる。このことに怒る版元もいるが、所詮アマゾンは個人書店。「本の仕入れも品切れ表示も自分たちの裁量で決める」と言われれば、誰も反論はできない。
 出たばかりの本なのに、逆にアマゾンのユーズドで2万円といった値段がつくことがある。驚いた著者から「どういうことですか?」と訊かれるのだが、これは「ひっかけ値段」といわれるもの。一人だけしか出品者がいない場合、いわば疑似餌をまいているのだ。次の出品者が100円の値をつけると、すぐに1円の最低値段で対抗する。1円で元が取れるのは送料をかさ上げ設定していて、そこから利益を上げているからだ。

8月×日 20世紀、人間や社会について3つの重要な発見は「無意識」「未開」「子ども」で、今世紀それに「老い」が加わった。とある本に書いていた。
8月×日 3週間ぶりの山は岩手県・滝ノ上温泉から千沼ヶ原を抜け乳頭山(烏帽子岳)に至る往復8時間余のコース。疲れた。
8月×日 朝日新聞に久しぶりに5段8割の広告。注文は来るだろうか。近頃の朝日のひどい紙面(いかがわしい通販関係広告が多すぎる)なので、あまり期待はしないようにしよう。
8月×日 緊張するような事態でもないのに足指にものすごく力が入っている。外反拇趾などを防止するスポンジ製の「足指ひらき器」を装着。これがなかなか快適。
8月×日 1年が経つのは速い。去年の今頃は舎員の退舎で大忙し。パニック状態を悟られないように歯を食いしばって耐えていた。とはいっても日常では焼石岳、岩手山、和賀岳、虎毛山、白神岳、仙北道……と大きな山を登りまくっている。
8月×日 朝夕めっきり涼しくなった。雨の多い夏だったなあ。
8月×日 ついに、というか、ようやく、というか、出遭ってしまった。クマに。山歩きをはじめて10年、300回以上山行してはじめての出遭いだ。場所は八幡平蒸ノ湯。木道を挟んで谷側でミズバショを食んでいる大型犬ほどの小グマだった。
9月×日 今日から9月。新しい「(会計)年度」のはじまり。ちょっぴり緊張する。
9月×日 ときどき駅前金座街にあった「まんぷく食堂」を思い出す。あんな大衆食堂があったら今も通っていただろうな。朝からお酒が飲める。でも居酒屋でもない。呑み助と食事する客が何の違和感なく混じっている。酒の飲める大衆食堂は、もともと「独身の働き手の多くいる街」に戦後、自然発生した飲食業態だそうだ。
9月×日 トルコ北東地方のラズ語を保存するため辞書の刊行を計画している「ヘンな日本人」がいる。小島剛一さん、フランス在住の秋田県人だ。彼の著書『トルコのもう一つの顔』(中公新書)は面白かった。その彼が秋田市で
講演会。辞書を刊行するための賛同支援カンパが目的。協力したい。
9月×日 スムースに決算書類はそろったようだ。「ようだ」というのは新入舎員にまかせているので詳細が分からない。老兵は消えていたほうがいい。
9月×日 鳥海山でオコジョに初めて遭遇。クマに続いて連続の「眼福」。
9月×日 毎日6時間は寝ている。居酒屋の小さな文字メニューは読めるし、背筋はいつも伸ばしている。歩けと言われれば1日20キロは歩けるし、暴飲暴食はいつでもOKだ。それでも老化は進行中。心と身体の「暗渠」に水量が乏しくなり、よどみができている。病は突然あらわれてくる。
9月×日 開村50年を迎えた大潟村が面白い。それを象徴するような出来事が。ひとつは「ラムサール条約」登録申請を住民の反対で断念したこと。環境省からの願ってもない申し出を「米で生きている村が鳥を増やしてどうする」と拒否したのだ。同じ日、秋田銀行が村内農家W氏に新米を担保に6億円を融資した。農民がコメを担保に6億ものお金を銀行から借りる時代がきた、というのも驚く。
9月×日 誰もが登りたがらない山、八峰町の真瀬岳へ。ひたすらやっかいな「やぶ」ばかりが続く「不快な」山で、マムシにまで遭遇してしまった。
9月×日 『目でみることば』(東京書籍)は、普段使っている言葉の由来を撮った写真集。「灯台下暗し」にはロウソク台とその台下の影が鮮明に写っていて、「海にある灯台ではありません」のコピー。知らなかった。
9月×日 酒田市で電気自動車のタクシーを見かけた。秋田市にはない。スーパーのレジ袋も10年も前から酒田では有料だった。文化度が違うのか。
9月×日 先日の「やぶの不快な山」真瀬岳は、秋田県内57座を全部登頂するための最後の山。今夜、その全踏破を祝ってもらう飲み会があった。
9月×日 1泊2日の庄内旅行。羽黒町にある『今井繁三郎美術収蔵館』へ。ずっとこの人の作品を観たかった。館はもう休館になるのだそうだ。
9月×日 岩手・国見温泉側から秋田駒ケ岳の外輪を時計回りに1周する。絶景の連続で気分がいい。
9月×日 事務所の屋根の葺き替え作業が始まった。
10月×日 東京出張。暑いッ。思った以上に東京は残暑が厳しい。秋田と4〜5度は確実にちがう。
10月×日 歯医者に罹らなくなった。ダイエットのせいと思っていたが、違っ
ていた。ダイエットのため炭水化物をやめリンゴを食べている。このリンゴがよかったのだ。リンゴは「歯磨きいらず・医者いらず」と言われている。リンゴを食べはじめてから歯医者に行っていないから理屈は通っている。
10月×日 鳥海山・湯ノ台道(滝ノ小屋登山口)から七高山へ。山形県遊佐町側から見る鳥海山南面は、いつもの鳥海山とはまるで違う。荒々しく、景観は雄大で、紅葉まっ盛り。
10月×日 皆既月食は酒田の街でホテル周辺を散歩しながら見た。今年はもう数回、酒田行きを予定。庄内地方が好きなのだ。
10月×日 台風19号は「拍子抜け」するほどあっさり秋田を通過。過剰な心配をして損をした。
10月×日 出版業界からは毎日悲鳴のような声が聞こえてくる。そんなご時世だが、地方出版から「すごい本」が2冊。札幌・寿郎社から出た『北の想像力』はA5版790頁(!)、定価8千円。装丁は平野甲賀。もう1冊は那覇・ボーダーインクの『島の美容室』。人口4百人の沖縄・渡名喜島の、月に10日間だけあいている美容院を撮った写真集だ。こんな本を出したかったなァ。
10月×日 死ぬまで一度でいいから野生のシカを見てみたい。クマにもオコ
ジョにもマムシにも遭遇したのに、シカだけはまだ。県内では絶滅して久しいから秋田県民の誰もが「見たことのない幻の動物」だ。最近、県内各地で目撃情報があいついでいる。温暖化で雪が少なくなり、マタギは不在、天敵オオカミは絶滅。やつらの天国だ。秋田県産のシカ肉も食べてみたい。
10月×日  年1回のモモヒキーズの「新蕎麦の会」は各自自慢料理持ち込みで昨夜、無明舎2階で。メインの蕎麦はSシェフの手打ち。美味しかった。
10月×日 健診が終わった。とりあえず血圧は129の78で、まあ一安心。体重は去年より1キロ増、骨密度や肺活量は問題なし。
10月×日  「銀ブラ」は銀座をブラブラ散歩することではない。明治終わりに銀座にできた「カフェーパウリスタ」でブラジル・コーヒーを呑む、というのが本来の意味。ブラジル移民の「勝ち組事件」の小説『イッペーの花』が北海道新聞文学賞佳作(本賞なし)を受賞した。今月末はサンパウロにある邦字新聞「ニッケイ新聞」が連載した『一粒の米もし死なずば』という移民100年記念のノンフィクションを刊行する。ブラジルづいている。
10月×日 紅葉の季節に毎年、秋田のローカル線に乗る。鳥海山ろく線、五
能線、内陸線などだが、昨日、2年ぶりに鳥海山ろく線に乗ってきた。
10月×日 Sシェフから「男鹿でタコが採れた」との連絡。急きょ事務所宴会。A長老も参戦し、タコブツにタコメシを堪能する。
11月×日 ついに11月。月日は飛ぶように過ぎていく。
11月×日 日記本が大好きだ。最近出色だったのは壇蜜の「壇蜜日記」(文春文庫)。これは本当に面白かった。33歳の女性の書いた本としては驚くほどフツーで内容の濃い読み物。
11月×日 鳥海山・稲倉山荘から「本の撤収お願いします」という連絡。雪で道路が閉鎖されるので山小屋も店仕舞い。運送業者もここまでは配達してくれない。新入舎員がスノータイヤに履き替え、本の撤収に出向く。
11月×日 久しぶりの二日酔い。魔が差した。昨夜は4,5軒の店をはしごした(ようだ)。呑んだお酒はほとんどウイスキー。1日たってもまだ酒が抜けない。
11月×日 ジリジリと体重が増えつつある。忘年会シーズンまで2キロは体重を落としたい。 飲み食いが過ぎるとすぐに体重が増える。
11月×日 連日の雨。いよいよ来たなあ冬。ここ数年セーターではなくジャケット着用を自らに課している。若づくりファッションは誰も観ていない夜の散歩だけにすることにした。
11月×日 土曜日は仕事に集中できる。「難しい仕事」は土曜日にやろう、と決めている。
11月×日 横手にある御嶽山へ。目的は山行ではなく増田・真人公園近くにある佐々木リンゴ園でリンゴ狩りすること。毎年の恒例行事だ。
11月×日 熱燗の酒が美味い季節。東北や北陸が「銘酒の里」だったのは、酒の熟成に必要な冬の寒さがアドヴァンテージとしてあったため。それがタンクなどの冷蔵技術が進歩、九州でも秋田と同じ品質の日本酒ができるようになった。「獺祭」はタンクを冷蔵して一年中酒を造る四季醸造の蔵だ。あと五年もたてば、杜氏もいない、冬の寒さも必要としない、でも世界に通用する「サケ」が登場するという。う〜ん。
11月×日 よく分からないのだが突然、日本で一番偉い人が「衆議院を解散する」という記者会見をしていた。

*今年も最後の通信になりました。1年間のご愛顧、ありがとうございました。
*「残部僅少本」が予想以上に好評で、調子に乗って今回はじめて高額本の「半額セール」を企画してみました。2匹目のドジョウはいるのでしょうか。
*いつ消えてもおかしくない田舎の零細出版社ですが、皆様のご支援で、ヨロヨロながら歩み続けています。来年もよろしく。(あ)