●柴田真紀子〔ヨーロッパ駆け歩き記(前編)〕
〜フランス編〜

11月1日(金)
 10月31日、夜8:58発の寝台特急あけぼの号で秋田を出発。朝7時ごろ上野駅に着いたのでAM11:30の飛行機には十分間に合うと思っていたら、成田空港行きの電車が意外に少なく、空港に着いたのは10時近かった。ハードケースの大きなバッグに、ふかふかのダウンジャケットを着て出発ゲートまで走りつづけたので、チェックインが終わったときにはもう汗だく。でもとにかく間に合った。
 このダウンジャケットは、ケンブリッジの母が「ものすごく寒いからね、防寒着はたくさん持ってくるのよ」と何度も言うので持って(着て)行ったのだけれど、結局向こうでは一度も着ないでまた持って(着て)帰ってくることになった。秋田人と茨城人の温度感覚の違いを考えなきゃいけなかったことに気づいたのは、向こうに行ってからだった。
 成田からロンドンのHeathrow(ヒースロー空港)までのフライトは11時間。食事が2回、軽食が3回出たし、ワインは飲み放題だし、映画やゲームなどが充実していて、楽しんでいるうちに着いてしまった。
 ヒースロー空港に着いたのは午後2:30。母が迎えに来てくれていた。空港からはコーチ(coach・長距離バス)でCambridge(ケンブリッジ)へ。コーチの到着が1時間遅れたせいで、母のアパートに着いたのは夜8:30だった。イギリスのコーチが時間通りじゃないのは、いつものことらしい。
 部屋では1日早く来た妹が待っていて、3人が顔を合わせたらもうあとはおしゃべりが止まらない。夕食を食べた後近くのPUBに行ってギネスを飲んで、部屋に帰ってまたしゃべって、寝たのは午前3:00だった。

11月2日(土)
 朝起きてから母の部屋を探索した。間取りは、リビング、キッチン、バスルーム、ベッドルーム。日本の家と全然違うのはキッチンで、流しと食器棚、洗濯機などが全部同じ高さに統一されているので調理スペースが広く、とても使いやすい。でも、キッチンに洗濯機があるのには笑ってしまった。調理はガスではなく電気でする。「安全で便利そうだね」と言ったら、「ガスのほうがいいよ」と母。使ってみてわかったけれど、じわじわと温まる電気式のは、お湯もなかなか湧かないし確かに不便。逆に電気式だといいと思ったのは暖房だ。母のアパートは、夜間蓄熱式の暖房システム。一晩中あったかいし、朝起きたときにも快適。ガスストーブと違って乾燥することもない。ただ、暖房の強弱を調節しても実際に温度が変わるのは次の日の夜なので、今日は寒いから強くしよう、ということが出来ない。どれも一長一短だ。
 朝食のあと散歩がてらショッピングモールに出かけた。母のアパートは町なかにあるので、歩いて30分ほどで行ける。まだ11月の始めだというのに、もうクリスマスのデコレーションがあちこちにされていて、とてもにぎやかだ。歩いている途中で雨がしとしと降ってきたけれど、誰も気にする様子がない。傘もささないしレインコートも着ないで、まるで雨なんか降っていないみたいにすたすた歩いている人たちを見て、「あぁこれがイギリス人なんだなぁ」と実感した。
 昼食は母のおすすめのスパイシーチキンの店「Nando's」で食べた。スパイスをつけて焼いた鳥もも肉、スパイスでいためたライスなど、インド風の料理だ。イギリスでおいしい物を食べようと思ったら、インド料理とかチャイニーズとか、外国のものを食べるのがいいらしい。
 午後も引き続きウィンドーショッピング。日本に比べるとけっこう高いので、買おうという気にはならないけど、かわいい雑貨屋さんやセカンドハンド(リサイクル)ショップなどはけっこう楽しめた。
 家に帰ったら夕方6時ごろ妹も私もものすごく眠くなって、気がついたら2人でぐうぐう寝ていた。8時ごろ起きて、夕食はテイクアウトの中華料理。不思議なことに、食べるよりも寝ていたいと思うくらい眠くて、これが時差ぼけなんだと気づいた。

11月3日(日)
 テストが控えている妹は、今日帰らなければならない。妹を送りがてらロンドンに行って、明日私と母はフランスに旅立つというスケジュールだ。
 朝は気持ちのいい晴天。早起きをしてケンブリッジの散策をした。駅や住宅地などを歩き、雰囲気のいい場所を見つけてはパシャパシャ写真を撮った。ケンブリッジには緑が多い。まるで新緑のような鮮やかな緑色に、白い石造りの家がきれいに映える。壁に赤や黄色のツタが這っているような家は最高だ。冬でも葉っぱが鮮やかな緑色をしているのは、雨が多いからだそうだ。
 昼はコーチステーションの近くで簡単に済ませ、母と私はジャケットポテト、妹はソーセージと豆の盛り合わせのようなものを食べた。ジャケットポテトは、丸ごと1個のジャガイモを4つに割り、上にクリームチーズや刻んだオニオンをのせて焼いただけの、とても料理とは言えない食べ物。これがトラディショナルなイギリス料理だというから、驚きだ。妹が食べた「ハギス」という羊の内臓をソーセージにして燻製にしたものは、けっこうおいしかった。
 1時のコーチでヒースロー空港に行き、妹がチェックインを済ませたあと空港内のPUBでギネスを飲みながらおしゃべり。3人がこうして顔を合わせるのは本当に久しぶりだったし、日本にいても妹は山梨、私は秋田と離れているので、なかなか会うことが出来ない。妹も一緒にパリに行けたらいいのに…という思いは、口には出さなかったけど3人の共通の思いだったに違いない。
 名残惜しい時間はあっという間にすぎ、妹が搭乗ゲートの向こうに行ってしまったあと、私たちはアンダーグラウンド(underground・ロンドンの地下鉄)でロンドン中心部に向かった。母と2人っきりで何日も過ごすのは、私にとって初めての経験。妹と母は私が大学に入ったあと2人の生活をしていたけれど、私が実家にいたときはいつも3人だった。急に2人っきりで母と向かい合うと、何をしゃべっていいのかわからないような、とても照れくさく感じて戸惑ってしまった。
 今夜はDAYS INNというビジネスホテルに一泊。夜はホテルの近くのインド料理屋でタンドリーチキンとナンを食べた。イギリスにはインド料理屋さんが多い。そしてやっぱり6時ごろ、日本時間で夜中の3時になると、私はものすごく眠くなって、チキンを食べながら必死に睡魔と闘っていた。

洋風な家

母のアパートのキッチン

11月4日(月)
 ロンドンの南にあるWaterloo St.(ウォータールー駅)からEurostar(ユーロスター)に乗ってパリに向かった。国境を越えるので一応パスポートと荷物チェックがあるが、空港ほど厳しくはない。9時半に出発し、パリに着いたのは1時半。時差が1時間だから乗っていたのは3時間ということになる。距離にして約350q。海底トンネルを抜けると、急に景色が変わった。まず、緑が少ない。日本と同じようにフランスも、冬景色は茶色がベースだ。あらためてイギリスの緑の多さを実感した。それから、丘陵が多い。平らなところなどほとんどなく、どこをみても斜面、丘、斜面…。見慣れない風景なので、窓にかじりつくようにして眺めてしまった。
 到着したのはGare du Nord駅。日本語で言えばパリ北駅という意味。人が多くごちゃごちゃしていて旅情たっぷりで、ちょっと日本の上野駅を思わせる。ユーロスターを降りた瞬間から、まわりはフランス語一色になった。ホテルに行くためにメトロ(metro・フランスの地下鉄)に乗らなければいけないのだが、どうやって切符を買ったらいいのか全然わからず、2人でウロウロ、ウロウロ。やさしいオジサンが声をかけてくれて、自動販売機で切符の買い方を教えてくれたけど、表示された金額がおそろしく高い。見ると鉄道(SNCF)の表示になっている。「違う、メトロに乗りたいんです」と言ったけど、こっちは英語、向こうはフランス語。ついに「わけわかんないやこの日本人」という感じで、バイバイと去って行ってしまった。
 しょうがないので鉄道の窓口に行って聞くと、切符の窓口は鉄道もメトロも同じらしい。安い回数券を買うことが出来て、一安心。メトロの◯Mマークを探し、何とかホテルのある駅までたどりついたときには、とてもホッとした。メトロの駅名には、Europe(ヨーロッパ)とかRome(ローマ)とかArgentine(アルゼンチン)、Franklin D.Roosevelt(フランクリン・D・ルーズベルト)といった地名・人名の固有名詞がたくさんあって、路線図を見ているとけっこう楽しめる。でも、駅の名前が長いのが難点だ。パリ中心部のメトロのマップで見つけた一番長い駅名は、Aubervilliers-Pantin Quatre Chemins 駅。これもたぶん何か意味のある名前なのだろう。
 ホテルにチェックインしたあと、ふたたびメトロに乗ってMontmartre(モンマルトルの丘)へ。駅から出るとSacre-Coeur(サクレクール・教会)の白く丸い屋根が見えたけれど、本当にそれがサクレクールなのかわからないので、近くにいた婦警さんに聞くと「歩いたら遠いから、そこからミニバスに乗るといいですよ」と教えてくれた。でも、どう見ても遠いとは思えない。お礼を言って、ミニバスには乗らず、サクレクールの方に歩いていくと、15分で着いた。「全然遠くないよね」「あの人ミニバスのまわしものかな」などと話しながら、サクレクールへの長い階段を上った。丘の上からパリの市街地が一望できる。サクレクールは太陽の光に白く輝いていて、とてもきれい。壁のいたるところに細かく彫刻がされていて、建物全体が大きな芸術品のようだった。中に入ると、大きなステンドグラスの数々。宗教的な絵の意味はわからなかったけれど、その繊細さ、緻密さに圧倒されてしまった。
 サクレクールを出て屋台でクレープを買い、食べながらまわりを少し歩いた。広場には路地売りや似顔絵を書く人、妙な占いをする人などがたくさんいて、「コンニチハ」「ヤスイヨ」など日本語もあちこちで聞こえてきた。
 日が暮れないうちにと少し急いでChamps-Elysees(シャンゼリーゼ)に向かった。駅を出るとまず目に飛び込んできたのは、どーんとそびえる凱旋門。夕陽を受けて少し赤くなっていたのがまた迫力だった。凱旋門から西へのびているのが有名なシャンゼリーゼ通り。おしゃれなブティック、高級車の展示場、歩道に張り出したカフェなど、誰もがイメージする洗練されたパリの姿がそこにあった。あまりにも高級すぎて何も買えないし、どの店も入り口におっかない警備員が立っていて入るのにドキドキしたけれど、それなりにウィンドーショッピングを楽しんだ。通りにマクドナルドがあったけれど、赤や黄色のおなじみの看板ではなく、地味な茶色だけを使っているのであまり目立たず周囲からも浮いていなかった。「シャンゼリーゼに建つとマックもおしゃれになっちゃうんだね〜」意外な発見だった。
 散策のあと、ムール貝が自慢のレストランに入った。鍋いっぱいのムール貝のワイン蒸しとワイン、フランスパンに舌つづみ。なぜかポンフリ(フライドポテト)が付いてきたのは謎だったけれど、デザートのショコラムースもおいしかった。
 ホテルは安さと立地条件を基準に選んだので、広くはないが必要なものは全部そろっている。イスやテーブルなどの家具やベッドカバーなども使いこまれてはいるがすてきなデザインで、部屋にいるだけで「あぁ〜フランスにいるんだな」と感じさせる雰囲気があり、私はとても気に入った。

ユーロスターでパリへ(パリの駅)

白く輝くサクレクール

シャンゼリーゼ通りの凱旋門

11月5日(火)
 ホテルの朝食は、カゴに入ったパンの盛り合わせ(フランスパン、クロワッサン、菓子パン)とフルーツポンチ、チーズ、カフェオレ。見た瞬間は「ちょっと少ないかな?」と感じるけれど、食べてみると日本のパンよりずっと密度が濃くて、3個食べるとお腹がいっぱいになった。今までフランスパンというと中に大きな穴がぽこぽこあいたパン、というイメージがあったが、ここのパンは端から端までぎっしり詰まっている。隣に座ったビジネスマンらしき人は、丸いフランスパンを真ん中で切って半分にし、中の白い部分を指でつまんで取り出して食べたあと、残った堅い部分の内側にジャムを塗って食べていた。背の高いハンサムなおじさんが、白い部分をくりくりと取り出している姿がとてもかわいくて、2人でちらちらと盗み見をしながら「明日はああやって食べてみよう」と話し合った。フランスに来て便利だと思ったのは、堂々と日本語で内緒話ができることだ。
 朝からよく晴れていたので、ベルサイユに行くことに決め、早めに出発したが、駅で切符を買うときにちょっとした問題が起きた。私たちは地図を見てメトロとRERという比較的安い路線でベルサイユに行こうとしたのだが、駅の窓口の人は「No。モンパルナスから鉄道(SNCF)だ」と言って切符を売ってくれない。モンパルナスという駅を知らなかったのでそっちのほうが近いのかと思って、お礼を言ってもう一度地図を見たら、どうみても遠回りの路線なのだ。もう一度窓口に行って「私たちは鉄道よりもメトロで行きたい」と言ったけれど、「No。モンパルナスだ」と言うばかり。母は「もういいよ。フランス人はプライドが高くてフランス語が出来ない人にすごく冷たいっていうじゃない?私たちいじわるされてるのよ。売ってくれないんだから、しょうがないよ」と弱気。納得のいかない私は、もう一度窓口を開けて地図を示して「私たちはどうしてもこの路線で行きたいんです。どうしてモンパルナスから行かないといけないんですか?」と食い下がった。駅員さんはちょっとあきれた様子で、ゆっくりとした英語で「メトロのこの路線は今週工事をしていて使えないんだ。わかった?」と説明してくれた。
 たぶん、最初のときに言ってくれたのに私たちが理解していなかっただけだったのだ。ものすごく迷惑な客…。理由がわかった私は母の誤解を解いた。「フランス人が意地悪なんじゃなく、私たちが理解してなかったんだよ。駅員さん、かなりあきれてたけどちゃんと説明してくれたよ」というと、しぶしぶ納得した母だったが「でもね、私の友達が旅行したとき、フランス人にはすごく冷たくされたって言ってたもの、フランスってそういう国なのよ」とまだ批判的。
 とにかく、回数券でモンパルナスまで行って、そこから鉄道に乗った。初めて乗る鉄道はとても快適で、ベルサイユ行きの直通だった。ヨーロッパの乗り物は、ヨーロッパ人の体型に合わせてあるので、私たちみたいな小柄な日本人は何に乗ってもものすごく快適に旅が出来る。
 Versailles(ベルサイユ宮殿)は駅から歩いて20分ほど。ゲートに近づくと、まずその大きさに驚かされた。私の持っている使い捨てカメラでは、駐車場の端までさがっても全部が写真に入らない。最初はルイ13世の狩猟用の小さな城館だったのが、息子のルイ14世が改造、増築を繰り返し、ついには世界文化遺産になるほどの宮殿と庭園になってしまったという。王の大広間、戦争の間、鏡の回廊、平和の間と順番に見ていったが、彫刻、絵画、きらびやかな装飾品など、宮殿内部はまるで美術館のようだ。ただ、観光客の多さには閉口した。
 昼食くらいは観光客の集団から離れようと、駅のほうまで少し戻って感じのよさそうな小さなレストランに入った。イスに座ると「これが今日のおすすめよ」みたいな感じで、ウェイトレスさんが黒板をどーんと置いた。もちろん全部フランス語。英語の話せるウェイトレスさんに来てもらって、何の料理なのか説明してもらい、私はトマトと卵のサラダ、ラム肉の料理、母はスモークサーモン、魚料理、そしてデザートに2人ともアプリコットタルトを注文した。私たちのほかは地元の人ばかりで、私たちはとても目立ってしまったらしい。ウェイトレスさんが「どこからきたの?」と聞いてきて「日本です」と答えると、「Wao!私日本大好きよ!ちょっと待ってて」と急に興奮して走り去り、コックさんを呼んできた。「彼が今日の料理を作っているのよ」そしてコックさんに「彼女たち日本から来たんですって!すごいよね!」みたいなことを言っている。コックさんも「ようこそ!」という感じでジェスチャーで示し、料理を作りにまた戻って行った。何が起こっているのかよくわからなかったけど、歓迎されているらしい。「食べ終わったら感想を聞かせてね」と言ってウェイトレスさんも戻っていった。
 駅とベルサイユの間にあるけれど、意外と観光客はこういう小さい店には入らないのかもしれない。出てきた料理は文句なしにおいしかった。絶妙なソースがたまらない。ハウスワインも飲みやすくおいしい。帰りに会計をするときにまたコックさんが出てきたので、「とってもおいしかった。フランス大好き」と言うと、ものすごく喜んでくれた。お店の人みんなで「また来てね〜」と手を振ってくれて、そのフレンドリーな対応に心が温まった。
「フランス人って、明るいね」「このフレンドリーさはやっぱりラテン系ね」母のフランス人に対する印象もかなり良くなったみたいだ。
 ベルサイユに戻り、午後は庭園を見ることにした。広大な敷地に20以上もの小庭園があり、「アポロンの泉水」「星の樹木庭園」などそれぞれモチーフをもとに造られている。冬なので花が無く、天気も曇ってきてしまったのが残念だったけど、私は2つの庭園が気に入った。「王妃の樹木庭園」と「アポロンの水浴の樹木庭園」は、そんな状況はおかまいなしに美しかった。
 案内のあと、大運河のわきをずっと歩いてTrianon(トリアノン離宮)に行った。最初に見た宮殿よりもずっと小さく、質素な感じで、午前中あまりに豪華絢爛な装飾品に目が疲れてしまった私は「もし私が住むならトリアノンのほうがいいなあ」と言ってしまった。母も同じ気持ちだったらしく、トリアノンの見学は心が和んだ。あとからパンフレットの説明を読んだら、「トリアノンはルイ14世が政務や大勢の宮廷人から逃れて静養するために造られ、彼はここをとても愛し、よく家族で過ごしていた」と書かれていた。「なあんだ、結局ルイ14世もトリアノンのほうが好きだったんだ」と笑ってしまった。トリアノンを見ているうちに閉園の時間になり、長い長い道のりを入り口まで戻った。結局庭園はあまりにも広すぎて全部を見ることは出来なかったけど、重要な部分は見ることができたと思う。
 昼にしっかり食べてしまったので全然お腹がすかず、夜は簡単に前菜ですませてホテルに戻った。今日は夜も眠くならず、やっと時差ぼけが治ったみたいだ。

ベルサイユ宮殿の広い庭園

11月6日(水)
 朝一番でTour Eiffel(エッフェル塔)に上った。エレベーターでぐーんと上がり、展望台からパリが一望できる。ルーブル美術館、ノートルダム、ブローニュの森、大統領官邸、セーヌ川、モンマルトルなどなど。2日間でパリの地図が少しずつ頭に入ってきているので、いろいろな建物を見つけるのが楽しかった。全体的に建物に使われている石が白っぽいので、太陽の光で輝いてとても明るいイメージが焼きついた。
 エッフェル塔を下りたあと、すぐ近くから出航しているセーヌ川のクルーズに乗った。前面ガラス張りのとてもきれいな観光船だ。セーヌ川沿いには有名な建物がたくさん建っていて、Concorde(コンコルド)やMesee du Louvre(ルーブル美術館)、Musee d'Orsay(オルセイ美術館=モネの美術館でメトロの駅としても使われている)、Notre-Dame(ノートルダム)など。建物だけではなく橋も、豪華な金の装飾があるPont AlexandreV(アレキサンダーV世橋)や、名前は忘れてしまったけれど橋げたに細かい彫刻の施された橋など、ここでもフランスの芸術性の高さを感じさせられた。
 クルージングの後半から雲が出てきて、船を下りてメトロの駅まで歩いている間に雨が降ってきてしまった。そこで、雨宿りをかねて途中のレストランに入ることにした。オフィス街の中にあるので昼食をとるビジネスマンやOLで超満員。フランスのレストランに入るたびに思うのは、みんな食べながら実に楽しそうに会話をしていることだ。レストランの中はいつもとてもにぎやかで、その雰囲気に飲まれただけで私たちもウキウキしてしまう。合い席した女の人が食べていたハンバーグがとてもおいしそうだったので、テリーヌとハンバーグ、ワインを頼んだ。もちろんつけ合わせにはフランスパンがついてくる。期待していたハンバーグは、余計な調味料が入っていない、肉そのもののうまみが味わえるような、期待以上の味に2人とも大満足。すっかりお腹いっぱいになって外に出ると、食事の前より雨がひどくなっているので、ノートルダムに行く予定だったのを変更して、Defense(ディーフェンス)にあるデパートで買い物をすることにした。
 ディーフェンスはホテルのある駅から4つほどのところにあり、駅とデパートが一体化したショッピングセンターだ。私たちが一番はまったのは、スーパーマーケットだった。とくに母は、食器コーナーで足を止め、「フランスのものはイギリスのよりかわいい!!」と言っていろいろ見ていた。買おうかどうしようかかなり迷っていたけれど、持って帰ることを考えてやめてしまった。さすがフランス!と思ったのはワインの陳列棚を見たときだった。スーパーの中のかなり広いスペースをワインが占めている。しかも、一番安いものは1本1ユーロ(約110円)で買えるのだ。銘柄のチョイスは母に任せ、私たちは3ユーロくらいの720ml瓶を3本と小瓶を4本買った。
 ホテルに帰るメトロの中に、ツアーで来ているらしい日本人の女の子たちがいた。4、5人でかたまってしゃべっていたが、みんなブランド名が書かれた買い物袋を手に下げ、きれいな服を着ていて、その車両の中でとても目立っていた。ヨーロッパの人たちから見ると、その子たちみたいな格好が日本人の典型なのかもしれない。それに比べて、服もカバンもブランド品なんかひとつも身につけず、スーパーの袋を持っている私たちって……。
 昼を食べたのが遅かった(日本人にとっては)のと、普段食べているものより油っこいものを何日も連続で食べたため、夜はあまりお腹がすかなかった。フランスの料理はとてもおいしいけれど、私たちの胃にはちょっと重いのかもしれない。

セーヌ川から見たオルセイ美術館

パリのシンボル・エッフェル塔

11月7日(木)
 今日はあまり天気が良くないので、ルーブル美術館に行くことにした。母は前に行ったことがあるので、美術館には行かず別行動。天気予報では朝だけ晴れているみたいなので、ルーブルに行く前にノートルダムに寄った。
 ウサギの耳のように2つの塔が建つノートルダム。上のほうにたくさんの人物の彫刻が立っていて、近づいてよく見るとひとりひとり全然違う。きっと宗教的に有名な人物の彫刻なのだろう。どうやってこんな彫刻を建物に彫るのか、想像もつかないけれど、大変な作業だったことはわかる。中に入ると、これまた繊細なステンドグラスの数々で、ただただじっと見とれてしまった。
 ノートルダムを出たあと、セーヌ川沿いにルーブル美術館に向かう途中、おもしろい商店街を見つけた。植木屋さんや花屋さんなど植物を売っているお店とペットショップばかりが並んでいるのだ。花屋、花屋、犬のペットショップ、植木屋、小鳥屋、ペットショップ、花屋…という感じで、約300mくらいにわたって軒を並べている。早くルーブルに行かないと見る時間が無くなってしまうので、その時は店をのぞけなかったけれど、時間を見つけてかならずまたここに来ようと決めた。
 商店街をすぎてもう少し歩くと、ルーブル宮らしき建物が見えてきた。でも、壁と窓ばかりで入り口がない。ドアがあっても閉じていたり、どこから入るのかわからないまま壁に沿って少し歩くと、やっと入り口があった。コの字に建つルーブル宮の中庭にガラス張りのピラミッドが建っていて、そこが美術館への入り口だ。入館料は7.5ユーロ。日本円で800円ちょっと。世界的に有名な美術館なのにこの料金は安いような気がする。日本だったらもっと取られそう…。
 美術館はRichelieu(リシュリュウ)、Sully(シュリー)、Denon(デゥノン)という3つの翼に分かれていて、内部の構造がよくわからなかったのでとりあえずリシュリュウ翼から入ってみることにした。入っていくといきなりフランス彫刻のコーナーだった。複雑な形の中庭にたくさんの白い彫刻。彫刻の前に座ってスケッチブックにデッサンをしている人たちもいて、ちらっとのぞくととてもうまかった。一つ一つの彫刻の人物が、今にも動き出しそうにリアルに生き生きと彫られていて、いくら見ても見飽きない。ゆっくり見たかったけれど、まだ入ったばかりでこんなにゆっくりしていたのでは全部を見ることは出来ないんじゃないかと思い、先に進んだ。順路みたいなものは決まっていないし、いろんなところからいろんな部屋に行けるので、母に言われたとおり見た部屋をマップにチェックしていった。
 やっぱり、西洋のものと東洋のものは全然違う。彫刻にしても絵画にしても、全く雰囲気が違う。人種の違いから来る人の顔や体型の違い、気候風土、生活スタイル、あらゆるものが複雑に絡み合って、多様な芸術を生み出したのだろうな、と思った。私の見た印象では、西洋のものは繊細で優美、東洋のものは素朴であたたかみのある芸術が多いような気がした。
 2度目に驚いたのは、絵画のコーナーでイーゼルを立てて模写している人がたくさんいたことだ。若い女性、年配の男性、友達同志でイーゼルを並べている人、プロっぽい人に教えてもらっている人など、さまざまな人たちが絵を学んでいた。世界最高の美術館なのだから、本気で学びたい人にはこれ以上ない学校なのかもしれない。
 しかも、ここは宮殿をそのまま使って美術館にしているので、柱や天井、階段などにも細かな装飾があって、展示品以外のところでも楽しめる。ゆっくり休めるスペースもとられていて、絵を眺めながらイスに座って語り合っている人もたくさんいた。ツアーでまわる人も多かったけれど、見ていると有名なものの前でしか立ち止まらず、あれで満足できるのかなと少し疑問に思った。でも、自分の分かる言葉で解説が聞けるのはいい。私もたまたま日本語ガイドの団体と出会ったときには、ちゃっかり解説に耳を傾けたりもした。
 一日中歩きつづけたので、夕方になるととても足が疲れたが、とりあえず今日開いている部屋は全て見ることが出来たので、母の待つホテルの部屋に戻ることにした。メトロの駅は地下で美術館とつながっているし、乗り換えも必要なかったので、帰りはすごく楽だった。
 部屋に戻ると、買い物を楽しんで来た母もちょうど帰ったところだった。今日は食べ物をたくさん買ったらしい。イギリスのリンゴはおいしくないからと、6個入りの袋を買ったのには笑ってしまった。
 ホテルの周りを歩きまわり、雰囲気のよさそうなレストランを見つけて入った。肉とポンフリ(フライドポテト)に食傷ぎみだったので、シュリンプサラダ、サーモン、レモンと洋ナシのシャーベットというあっさりメニューにした。もちろんワインも。店の前に魚介類を並べているだけあって、とてもおいしかった。

ノートルダム・カテドラル

ガラスのピラミッドが美術館への入り口

11月8日(金)
 今日は朝から雨。もう一度ルーブル美術館に行って、きのう閉まっていた部屋を見る予定だったので、天気は気にせずさっさと出かけた。今日も母とは別行動。ルーブル美術館は、曜日によって開いている部屋が違っていて、一日で全部を見ることは出来ないのだ。2日間連続で閉まる部屋はないので、連続で行けば全部見られるということになる。
 寄り道をせずルーブルに直行。きのう見られなくてがっかりしたフランス絵画の大作の部屋が開いていて、じっくり見ることが出来た。高さ2m、幅3mはあると思われる大きな絵なのに、細部まで丁寧に描かれている。戦争の絵が多かったが、ひとりひとりの戦士たちが何を考えているのかまで想像が膨らませられるほどリアルな絵だった。フランスは本当に芸術の国だ。
 お昼くらいに全部を見終わったけれど、そのまま帰るのはちょっともったいない気がしたので、きのう一番最初に見たフランスの彫刻の部屋に行った。ここにいると心が和むなぁ〜と思いながら歩いているうちに、ふっと頭にひらめいた。せっかくルーブルに来たんだから、ほかの人の真似をしてスケッチなんかしてみちゃおうかな、と。でも人に見られるのは恥ずかしいので、奥まった部屋にある小さなブロンズ像を描くことにした。
 そのとき私が持っていたのは、ホテルに置いてあった便箋(線はない)とシャープペンシル。まあ記念だからと気楽な気持ちで描き始めた。ところが、マイナーな一角で人があまり来ない場所だったのに、私がスケッチを始めると「何かあるのかな?」という感じで人が頻繁に通るようになってしまった。しかも、私が何を描いているのか見て、それが有名なものなのかと思ってじっくり見ていくようになってしまった。恥ずかしくて途中でやめようかとも思ったけれど、せっかく描き始めたんだから最後まで描き上げようと、腰を据えた。結局、一度増えた人の流れは、私が描き終えるまで途切れず続いた。でも、出来あがりには一応満足。
 ルーブルを出たあと、中庭でベンチに腰をかけておやつのチョコレートを食べていたら、男の人に話しかけられた。英語でもフランス語でもなく、何語を話しているのかまったくわからなかったが、どうやら入り口が分からないらしいので「あのガラスのピラミッドですよ」とこっちもばりばり日本語で言いながら指を指すと、あぁそうか、という感じで歩いていった。でも入り口まで行くとまた戻ってきて、声をかけてきた。「イタリア語はしゃべれるか?」と聞かれたので「No」、「スペイン語は?」「No」、逆に私が「英語は?」と聞くと相手は「No」。何を話しに戻ってきたんだろう?と不思議に思っていると、「一緒に行こう」というジェスチャーをしている。こんなにお互い言葉が通じないのに、一緒に行ってどうするんだろう、と思ったら笑いがこみ上げてきたけれど、首を振りながら「I finished」と言うと、「お金は払うよ」とまたジェスチャー。英語が話せる人だったらちょっと考えたのにな〜と思いながら、「No,thank you」と断わった。名残惜しそうに入り口に向かって歩いていくのを見ながら、私もルーブルを出ることにした。
 時間がたっぷりあるので、きのう目をつけていたペットショップのいっぱいある商店街に行ってみた。犬はマルチーズやトイプードル、ミニチュアダックスフント、猫はアメリカンショートヘアやチンチラ、スコティッシュフォールドなど、日本のペットショップと変わらないところを見ると、犬猫の人気種類はどこも似たようなものなのかな。ペットフードやおもちゃなどは日本と違い色鮮やかなものが並んでいるけれど、店の中はそう変わらない…と思うのに、何か違和感を感じる。それがなぜなのかわからないまま何軒かのぞいているうちに、気がついた。店員さんがみな白衣を来ているのだ。しっかりネームプレートもつけているので、何だか動物病院みたい。専門的な資格を持っている人たちなのか、エプロン代わりなのか、今でも謎のままだ。
 外はぽつぽつ小雨が降っているけれど、イギリス同様誰も気にする様子ではないので、私も気にせず歩いた。商店街が終わり、高級デパートが見えたので曲がってウィンドーショッピングをしながらあるいていたら、目の前にOpera(オペラ座)が建っていた。もっと遠いのかと思っていたのでびっくりした。屋根の上に金色の像が立っていて、建物も豪華で、格式の高い雰囲気が漂っている。入り口から少しだけ入れるけれど、劇場のほうへは上がって行けないように、ごつい警備員さんが睨みをきかせていた。
 少し歩いてメトロに乗り、ホテルに戻った。今日は前から目をつけていたシーフードレストラン。サーモンとシュリンプを注文し、カキを2人で食べた。きのうのレストランとはまた違う味と雰囲気で、本当にフランスのソースはすごいと思う。素材は同じでも、ソースによって全く違う料理になってしまう。でも、ポンフリとかマッシュポテトとかやたらジャガイモが多く出てくるのには少し困った。きのうまでのレストランは、前菜からデザートまで食べてワインを飲んでも1人12ユーロ(1300円くらい)だったのだが、今日のところはちょっと高く1人20ユーロ(2200円)。高級レストランだったようだ。でも、タクシーは絶対使わず歩けるところは歩く、使うのはメトロ、といったケチケチ旅行をしている私たちだけど、食事にはお金を惜しまないのがいいところ。「料理はおいしいし、サービスも気持ちいいし、これで20ユーロなら十分でしょ」スポンサーである母も満足しているので、問題なしだ。
 フランスの夜は今日で最後。居心地の良かったホテルともお別れだ。テレビでは毎日夜になると映画を放送していて、よくわからないけれど2人で見ていた。この人はこんなこと思ってるんだよ、とか適当なことを想像しながら見るのはそれなりに面白かったけれど、フランスの映画はだいたい悲しい終わり方なのであまりすっきりしない。

豪華なオペラ座

美術館の案内人は彫刻みたい!

11月9日(土)
 今日はイギリスに帰る日。朝食を食べる前に荷物をまとめた。スーパーで買ったワインやチョコレート、リンゴなどがかさばって、なかなかうまく納まらない。2人してよいしょよいしょと一生懸命つめて、やっとチャックがしまった。家に着くまで開けたくないぐらいぎっしりだ。
 朝食に下りていったのは9時近かったので、ビジネスマンたちはもういない。食堂は観光客らしい3人連れと私たちだけなので、のんびりした雰囲気だ。最後の朝食をゆっくり楽しんだあと、チェックアウト。4連泊すると5泊目はタダというお得な料金設定だった。
 午前中どこに行こうかと話し合って、Centre G.Pompidou(ポンピドウセンター)を見に行くことにした。これは今まで見てきたのとは一味違う近代的な建物で、図書館や映画館、インターネットルーム、イベントホールなどが入った文化施設だ。近づくと、映画館への入り口に長い行列が出来ていた。何と表現していいのか分からない不思議な建物で、美しいというよりは奇抜な感じがした。ポンピドウのまわりを歩いていると、男の人に何かを聞かれた。でも何を聞いているのか分からなかったので、それをジェスチャーで表すと、「ごめんね」という感じで行ってしまった。社員旅行で台湾に行ったときもそうだったけれど、私はよく人にものを聞かれる。でも、台湾ならあまり見分けがつかないから分かる気もするけど、フランスにいて明らかに外国人なのに、英語でもない言葉で何かを聞くというのは、どういうことなんだろう、と不思議に思った。
 ユーロスターの時間に遅れてはいけないのでちょっと急ぎぎみでポンピドウをあとにし、近くの駅からメトロに乗った。Gare du Nord駅に着いたときにはもう1時。昼食は駅の中で食べることにして、一度食べてみたかったフランスパンのサンドイッチを買った。トマトとレタスとツナのサンドイッチとカフェクレーム。どこで何を食べたり飲んだりしても、本当においしいのがフランスだ。とくに、日本にいるときコーヒーはあまり飲まないけれど、フランスのカフェオレやカフェクレームはとても気に入った。
 ユーロスターの乗り場に向かい、パスポートチェックと荷物チェックを受けたとき、私の荷物がひっかかったらしい。かばんをあけて中を見せるように言われ、ぎょっとした。せっかく一生懸命詰めたのに…。ところが、チャックを開けて一番最初に見えたものは6個のリンゴ。税関の人も「ん〜、いい香りだね」とニコニコ。あまりにもぎっしり詰まっているのでかわいそうに思ったらしく、そのあとは口頭で何が入っているのかを聞かれ、「チョコレート、ワインなど」と答えたら「OK」と言われ、チャックを閉めるのを手伝ってくれた。いい人で良かった、と思う反面「国境を越えるのにこれでいいの?」と疑問も残った。
 待合室の中には大きな麻薬犬がいた。荷物と荷物の間をかぎまわり、ときどきかまってくれる人に愛想を振りまいたりもしてけっこうかわいい犬だった。
 PM2時半発のユーロスターでロンドンへ。帰りはなぜか4時間かかった。待ち合わせか何かの都合なのだろう。フランス語、英語の順に流れていた車内アナウンスが、トンネルを越えた瞬間に英語が先になった。ああ、英語の通じる国に帰ってきた、と思い、英語も流暢ではないのにホッとしてしまった。「Mersi(ありがとう)」と「Bonjour(こんにちは)」くらいしかわからない私にとって、フランス旅行は楽しかったけれど緊張の連続だった。
 ロンドンからは初めて鉄道で帰ることにした。母も初めてらしい。Waterloo St.―Kinskross St.―Cambridgeというコースだ。キングスクロス駅に降りたとき、ハリーポッターで出てきた駅に似ているなーと思ったので写真を撮り、あとから聞いたらやっぱりそうだった。ハリーポッターが魔法学校に入るときに出発する駅で、9と4分の3番線(4分の1だったかも?)を探してウロウロしていると、太い柱の中にすっと入っていく人を見つけ、そこが目指すプラットホームだった、という場面だ。ケンブリッジ行きは9番線だったので、魔法学校行きと近いかな、なんて想像してしまった。
 家に帰ってさっそくフランスのワインを開け、2人で乾杯。母も私もまだフランスの余韻にひたっていて、ほどよい疲れと満足感で幸せな夜だった。

ハリーポッターの駅・キングスクロス

ユニークな建物・ポンピドウ


Topへ ◆ Backnumber