この連載は「秋田艶笑譚(正)」を底本としています。 |
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ある春闘 |
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H村は典型的な山村である。農林業を除いては、これといった産業も育たず、過疎化は進む一方である。それでも、ここ二、三年、村長の尽力でわずかばかり、下請工場が誘致された。 とは言っても、誘致される会社はどれもみな零細な経営内容で、賃金は極めつきの低さであった。若者は相も変らず村を去り、村長窮余の一策は、かろうじて出稼ぎを減らすのに役立っただけである。 騒ぎは四月、M工場に起きた。M工場は誘致された会社の中では、最も賃金の安い下請の製縫工場である。近郷の農家の主婦が三〇人ほど働いている。 なんと、この従業員達が地区労の熱心な働きかけに反応し、未組識ながら賃金値上げを中心に据えた、春闘を闘うことになった。これまで、一度もストライキを経験した事のない主婦達のこと。臨時の委員長を決め、プラカード、スローガン書き、となかなかの賑わいであったの 夕方の六時から、延々四時間を費やして、翌日の準備はすべて整った。三、四枚の赤旗のそばには、大書されたスローガンが、墨の乾くのをまっている。そこにはたどたどしい文字で、三項目の要求が書かれていた。 一、団交に応じろ! 一、生理休暇をなくすな! 一、ベースアップをしろ! 翌朝、いよいよストライキ決行の時が来た。めいめい鉢巻をしめ、ある者は赤旗を持ち、ある者はプラカードをしっかりと握りしめ、来賓であり、指導者でもある地区労職員の到着を待った。 ほどなくして、彼らを乗せた車がやって来た。大歓声の中、手を振りながら車から降り立った事務局長は、一礼すると正面に掲げられたスローガンに目を据えた。と、すぐに彼は狂ったように笑い出し、耐えがたいという風に、地べたに伏した。笑いは止まず、目には涙さえ浮かべている。 この予期しない事態によって、ストライキの気勢はみごとにそがれた。しかし、その原因が自分達の掲げたスローガンにあることを気付いた者は、誰一人としていなかった。ちなみに誰のイタヅラか、スローガンは次のように修正を加えられていた。 一、性交に応じろ! 一、生理をなくすな! 一、ペニスアップをしろ! これを知った工場長はニンマリと笑み、亭主達は青ざめた。 (よのしんや)
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