この連載は「秋田艶笑譚(正)」を底本としています。
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風呂のなか
 吾作はその晩も、一人で夜這いに出た。友だちと一緒にのぞき回っているうちは、まだ夜這いも一人前ではなく、経験を積むほどに一人で歩くようになるが、吾作もそろそろ一人前になりかけていた。
 しかも、大雨や風の強い晩は、ほかの若い者たちもあまり出て歩かないし、こんな晩はどこの家の人たちも早く寝てしまうので、ベテランにとっては絶好の機会であった。ただ、嵐の晩は戸口や雨戸は厳重にしているが、丹念に見て回るとどこかに弱いところがあるし、多少の物音をたてても嵐の音にかき消されるので、あまり心配はなかった。まさかこんな日にという時が、夜這いにはもっともいい機会であった。
 その日も午後から雨になり、早く野良仕事が終わったので、吾作の家でもあまり暗くならないうちにと、早目に晩御飯を食べた。吾作は今晩こそとひそかに覚悟を決めたが、そのことは家の人にさとられないように、「青年会の用事があるんで」と家を出た。事実、吾作は青年会の役員もやっていたが……。
 吾作は雨の降る、墨を流したような暗闇のなかをものともせず、目当ての娘の家へと急いだ。家に着いて戸口に手をかけると、まだつっかい棒もしておらず、すんなりとあいた。吾作は家のなかに入ったが、娘の家では話声もして、みんなでわら仕事をやっていた。まさか居間にあがって行くことも出来ず、どこかかくれるところがないかなとあたりを見ると、土間の片隅に風呂が見えた。風が強くなるのを心配してか、その晩は風呂をわかしていなかった。吾作は蓋をとってその風呂に入ると、まず様子を見ることにした。
 やがて娘の家の人たちは、居間に集まると、賑やかに晩御飯を食べる音がした。あと一時間待てば、家の人もみんな寝入るだろう、それまでの辛抱だと吾作は考えた。そして、どれ、それまでひと休みしてやれと吾作は思った。雨に濡れてきた身体が、風呂のなかにいるうちにだんだんと暖かくなり、うとうとと眠くもなってきていた。
 そして、吾作は眠った。
 やがて眼を覚ました吾作は、ああよく眠たなと思ったが、よく耳をすませると、居間ではまだ茶碗や箸や湯を飲む音がしていた。おかしいな、まだ何分も眠らんかったのか、と思った吾作は、そっと風呂の蓋をあけたとたん、もう少しで大声をあげるところだった。
 もうすっかり夜が明けて、娘の家の人たちは、朝御飯の盛りだったのである。
(野添憲治)
『あきた落語』
無明舎出版・編
B6判
194ページ
1987年刊
1,020円
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『続・あきた落語』
無明舎出版・編
B6判
188ページ
1987年刊
1,020円
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『続々・あきた落語』
無明舎出版・編
B6判
207ページ
1987年刊
1,020円
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『秋田艶笑譚』
無明舎出版・編
B6判
182ページ
1980年刊
1,020円
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『続・秋田艶笑譚』
無明舎出版・編
B6判
181ページ
1980年刊
1,020円
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『続々・秋田艶笑譚』
無明舎出版・編
B6判
174ページ
1980年刊
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『あきた夜這い物語』
無明舎出版・編
B6判
176ページ
1986年刊
1,020円
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『続・あきた夜這い物語』
無明舎出版・編
B6判
193ページ
1986年刊
1,020円
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『続々・あきた夜這い物語』
無明舎出版・編
B6判
199ページ
1987年刊
1,020円
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『あきた音頭 裏本』
無明舎出版・編
新書判
132ページ
1995年刊
816円
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『あきた音頭 艶本』
無明舎出版・編
新書判
132ページ
1995年刊
816円
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『あきた音頭 春本』
無明舎出版・編
新書判
132ページ
1995年刊
816円
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『あきた風流「艶」ばなし
嫁いびり編』
無明舎出版・編
B6判
177ページ
2001年刊
1,050円
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『あきた風流「艶」ばなし
夜ばい編』
無明舎出版・編
B6判
163ページ
2001年刊
1,050円
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『あきた風流「艶」ばなし
千夜一夜編』
無明舎出版・編
B6判
187ページ
2001年刊
1,050円
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『あおもり夜這い物語』
無明舎出版・編
B6判
140ページ
1997年刊
1,050円
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『みやぎ艶笑風流譚』
佐々木徳夫・著
B6判
243ページ
1997年刊
1,575円
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『ふくしま艶笑譚』
加藤貞仁・著
B6判
173ページ
1997年刊
1,050円
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『みちのく
「艶笑・昔話」
探訪記』
佐々木徳夫・著
B6判
243ページ
1996年刊
1,835円
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『はなすて
けらしぇ
仙台弁』
佐々木徳夫・著
B6判
174ページ
1999年刊
1,260円
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