んだんだ劇場2013年11月号 vol.178
遠田耕平

No140 山の奥の奥の奥へ 再び


ふんじゃった

「あああ、やっぱりトーダだあー。」山の中の保健所にたどり着いて、スタッフと村まで入る山道を確認して、じゃ、行くぞ、と歩き出そうとすると、待っていた全員が僕を指差して叫んだ。心臓が止まるほどびっくり。みんなの指のさす方を見ると僕のサンダルだ。サンダルの下に羽がくっついている。おや?首を傾げると、「トーダ、アヒルのウンチを踏んだんだろう。」という。うーん、覚えていない。でも、この羽は確かに動かしがたい証拠。。。。どうやら、山道の途中で車を降りたときに踏んだらしい。車の中で、彼らは臭くて大変だったようで、保健所に着いてから、僕が話し合っている間に必死で犯人を捜していたらしい。僕は(少し臭うなあ、)位にしか思っていなかったが、実は彼らには耐え難い臭いで、犯人を見つけたときの彼らの歓喜の顔はすごかった。みんなに「保健所の裏の水がめでサンダルをすぐ洗って!」と言われ、なにやら物悲しいような、情けないような。とほほ。。。

臭いという感覚は不思議なもので、耐え難い臭いであっても、どうも民族的というか、生活の中で培われたものであって、生活が違えば受け止め方も違うようである。アヒルのウンチは多分彼らが子供の頃からそばにあった忌むべき臭いの一つだったのだろう。学校の教室の中でプーンと臭ってきたりすると、これはもう授業にならない。とにかく犯人を即刻捜して、教室から追い出さないとダメなのである。ああ、この臭いを読者にお届けできないのが残念。っていうか、知らなくて幸い。。。


山の奥の奥の奥へ 再び

という訳で、僕は再び中国国境の2000メートル級の山の連なる奥の奥の奥へ。5月にはじまった麻疹流行を抑えるための7−9月に実施した10歳児までのワクチンキャンペーンの成果を見るために再び訪れている。ハノイの保健省から北部の予防接種を担当する40代のタイ先生と20代のカン君を連れて、3人で片道2日かかる道のりを走る。県の中心ライチョウまで車でまず11時間。翌日山越えの道を6時間。ぎっくり腰の僕は前回ご紹介したベトナム製強力腰バンドを装着して荒れた道を乗り越えた。山岳部は6−9月までの4ヶ月間は完全な雨期である。一日中降り続く雨で道路はすべり、土砂崩れも起こり、村の半分は人が入れなくなる。ところが10月に入ると逆に乾燥して、砂埃が舞う。そして村までは徒歩でなんとか入れるようになるのである。

山の斜面の田んぼと山の村(右奥)

ラフー族の親子
3000メートル近い山を越える近道があるというので車は山肌を削り落とした作りかけの山の道へどんどん入っていった。突然目の前から白い煙が上がった。あれ?と思ったら煙の中に大きな岩が一杯見えて、車が急停止した。ダイナマイトで岩を吹き飛ばしたのである。ええ、点火する前に交通規制くらいして欲しいなあ、と思うけど、ベトナムでは全て自己判断である。今度はその岩の塊をブルドーザーが出てきて、谷へ落として道をならすのを待つのである。「うー、何が近道だ。岩が車に直撃しなくてよかったなあ。」と、ささやかな安堵を感じるのでした。

それにしても今新しい道路が山の中にどんどん出来ている。これはいい事なのかしらと思う。 村には昔からそれなりに道がある。バイク一台なんとか走れる道である。大きな道はトラックも走れるが、森は壊され、木は伐採され、物は届くだろうし、国境警備にもいいのかもしれないけど、それが本当に村の人たちに必要なのだろうか。森を知り尽くし、森と何百年も生きてきた人たちには森が壊されることのほうがずっと、もっと困るように見えるのである。いま、新たな道路は村の人たちが斜面に作った見事な耕作地を切り裂く。僕にはよくわからない姿である。


山の奥の村へ

保健所に着いて、スタッフたちと「なるべく行くのが大変な村まで入ろう」と話し合う。保健所の人たちがワクチンを抱えてどんなに奥地まで入るのか体験してみたい。なるべく行くのが大変だという村に入ってみたというのが今回の僕の大きな目的である。村の人たちに本当にワクチンは届いているのか? 麻疹の流行は本当におさまったのか? 来年計画されている麻疹−風疹の混合ワクチンの全国キャンペーンは山の奥でも本当にうまく行くのか? この目で実際に確かめたいことは山のようにあった。

ワクチン接種を調べる保健所のスタッフ

ラフー族の子供
保健所の人たちは、村までは半日かかるとか、今日中に戻ってこれないとかよそ者の僕たちを少し脅かすのであるが、実際に歩いてい見るとそれほどでもない。近道があったりして、何とか行けるものである。連日4時間ほど山道を歩く。サンダルと木の枝の杖を片手に急勾配の山道をトレッキングして、3日間で4つの村を見ることが出来た。

村は車の道から山を一つ、二つ越えて、沢の横や、山の中腹や、斜面に僕らの目を避けるかのようにひっそりとある。途中には山肌や斜面を利用した見事な耕作地があって、米やトウモロコシが山の水や焼畑を利用して栽培されている。村は4−500人程度、10−20戸ほどの集落で、タイ、モン、ラフー、ハニー、マン、などの少数民族ごとに住み分けられている。 驚くのはどんな奥の村に行っても国の小学校が建てられて、数人の教師が配属されていることである。先生たちはいわゆるベトナム人のキン族ではなく、教育レベルの高いタイ族の人たちだったりするが、やはり民族が違うと言葉が通じない。つまり子供たちとあまりコミュニケーションが出来ない。さらに、村の子供たちの半分以上は日中家族と山の畑に働きに出てしまうので学校に来ないという。

村の子供たち

酒を持って山の村へ(右奥)
それにしても村長は若くて、どうやら党から指名された人たちで、ベトナム語が堪能。村の保健ボランティアも別にいて、ベトナム語の教師もいるのだから、もう少し、村全体のためになるような、教育と保健を合わせた活動が出来ないものかと思うのだけど、何かしっくり来ない。保健所には一人か二人はその土地の少数民族のスタッフがいて、村人と言葉が通じる。保健所のチーフが少数民族の出身だったりするところもある。これは大きな利点なのだけど。。。

村への山の道は険しいけど、道連れがいると楽しい。若い保健所のチーフのホン君、プラスチックの大きなボトルを持って歩いている。「僕らのために重い水を持ってくれているんだね、ありがとう。」と言ったら、なんと中身は米焼酎、村長へのお土産だそうだ。ルパン三世のような風貌のホン君、森の草木を一杯知っていて教えてくれる。ハノイから一緒に来たカン君は、おじいちゃんと恋人に持って帰ると森の幸を手に一杯抱えて歩く。途中の山の斜面の田んぼでは子供連れの家族が野良仕事をしている。ホン君は子供の名前のリストを片手に、家族のところまで行って、ワクチンを受けたか調べてくれる。いい奴だ。

ワクチン接種を調べる保健所のスタッフ

村を見下ろす
いつも村にたどり着いて申し訳ないと思うのは、僕らのために食事を用意させてしまうことだ。必ず貴重なニワトリを一羽絞める。喉を切って血を出して、ゼリー状に固まった血に塩と胡椒を混ぜてタレを作る。ニワトリは内臓まできれいに洗ってボイルする。炊き立てのお米は本当においしい。そしてその米で作った焼酎を飲む。この接待はどうにも簡略することが出来ない。これは村の人たちとよそ者の僕らが打ち解ける儀式だ。焼酎を飲み交わすと表情の硬かった村長さんたちの顔つきも変わってくる。帰りの山道が大変なのであるが。。。

村長たちのもてなし

両手にお土産一杯のカン君

子供たちのワクチン接種率

お酒だけ飲んで帰るわけには行かない。村での大事な仕事は子供たちがどのくらいワクチンを受けてくれたかを調べることである。ワクチンの対象になった10歳以下の子供たち20人ほどの親たちと会って、ワクチンの接種状況を聞き取る。保健所で用意したリストの名前と見比べる。 大体90%が受けているようだ。初めにワクチンを持って来ると60%くらいが受けるが、残りの子供たちは親と山の畑に出ている。1−2週間後にもう一回来るとさらにやり残した30%くらいが受ける。10%くらいの子供たちと数人のリストに載っていない子供はワクチン接種から漏れるけど、どうやらその辺が限界のようだ。でも、山の奥で90%までワクチンを受けてもらえることは嬉しい。 これが、周りの国からウイルスが持ち込まれたとしても大きな流行にならないで済んでいる大きな理由である。

ワクチン接種をフィールドで調べる保健所のホン君

山を登った仲間たち
今回も村の子供たちとのコミュニケーションで活躍したのがキャンディー。ワクチンを受けたかどうか訊いて廻るのは意外に骨が折れる仕事である。斜面に張り付いている村の家々を這うように歩きながら、子供や親たちに一人一人聞く。やっと子供たちを見つけても、子供たちはすぐに逃げてしまう。ところが、キャンディーの袋ををみせると逆に寄ってくる。キャンディーを子供たちに手渡していくと親も笑顔になる。ハノイから一緒に来たスタッフと、キャンディーの実力を実感。


この国の保健行政に問題がいくら山積しているとしても、この国の保健所や病院がやれることはもっとあるだろうと思うとしても、僻地は大変で、貧しい人たちや少数民族は大変だとわかっても、山道を何時間も歩いてワクチンを配る、接種する保健所のスタッフたちがいる。そんなベトナムは捨てたもんじゃないと思うのである。不平等も、貧しさも、不正も不合理も、僕らはみんな抱えている。そんなことはわかりきっているこどた。その人たちと本当に向き合ったことも悩んだこともない人間たちに、不平等を是正しようとか、国民皆"保健"(ユニバーサルヘルスカバレージ)実現しましょうとか、人間の安全保障とか、わけのわからないことを言わないでもらいたい。僕らの仕事は、名もない保健所のスタッフたちの汗にまみれた仕事の積み重ねに支えられているんだという実感だけが僕に働く勇気を与えてくれるのである。ありがとう。僕もがんばります。


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