んだんだ劇場2013年1月号 vol.168
遠田耕平

No130 ワクチン接種後に亡くなった子供たち


恨めしい雪、輝く


年末、女房と秋田に戻ると、家に入れなかった。というか、たどり着かなかった。豪雪である。 玄関まで雪をかき分けてやっと戸を開けて中に入ると、今度は水が出ない。 水道の蛇口からはツララ。。。。台所から縁の下にストーブを入れて、水が出たのは夜中。。。 雪かきすること4時間、やっと車が出る。

雪かきの最大の苦労は、寄せた雪を運ぶことである。雪を手押しのスノーダンプにのせて、邪魔にならない場所に運んでいく。それが大変。それを何度も何度も繰り返す。まさに全身の肉体労働である。これを僕のような脳天気は、スキーのトレーニングと解釈すると、さほど苦にならない。でも、体が自由に動かないご老人にとっては大変だろうなあと、想像してしまう。その雪国での救いの神は、逞しい除雪車であるが、その除雪の技も外注のパートのせいか、昔ほどではない。取り残した雪が道の角々にうずたかく積み上げられ、車の視界を妨げ、さらには家々の出口を塞いだりしている。

ベトナムから戻ると、家に入れなーい。
関東育ちの女房は「こんな雪国で暮らすなんて本当に信じられない。絶対無理。」とぶつぶつ言いながらも、まめに雪かきをする。雪国の人は朝起きると、まず外を見る。そして一晩で20−30センチ積もった雪と屋根から落ちてきた雪にため息をするのである。朝、積もった雪をやっと寄せると夕方までにはまた20センチ以上も降り積もる。朝、昼、夕、と雪かきに追われて、一日が終わる。体が動くうちはいいが、年老いてからの不安が誰もの頭をよぎる。うらめしい雪である。

それでも人は生活している。雪の冬を越える。多くの人は自分で好んで選んだ地ではないのだろうけど、耐えて雪の冬をやり過ごす。 僕は実は雪が好きだ。北海道で生まれ、青森で小学校に入るまでにいたせいか、雪をみると心が落ち着く。こんなことは「数日しかこの時期に戻らない人には言えたことじゃないでしょ!」と雪国を代表して女房に言われたけど、言っちゃう。 あの自然の輝き、吹雪の止んだ一瞬の透き通った静寂、済みきった空気、降り続く雪の合間に見える一瞬の青空、太陽の光を受けて照りかえる白のまぶしさ。枝に一杯の雪を積もらせて、重みに耐えて春を待つ木々たちのけなげさ。 雪国の人はその自然の輝きに勇気づけられると、僕は勝手に思い、雪国の人たちは、ただ黙々と恨めしい雪、憎たらしい雪と生きている。

秋田から奥羽の山並みを越えて、太平洋側に出るとそこは別世界である。雪がない。こんなに雪がないのだから、さぞかし人々の暮らしは楽で、時間にもお金にも余裕があって、文化的にも豊かになるのだろうと思います? でも、そうでもないかも。人は楽になれば、無駄に時間も金も使うもので、人間のレベルが高くなるとは到底思えない。 雪国で、今日も雪かきをして、必死で自然と向き合って生きている人たちが、僕は好きです。

雪に立つ木々

角館から見た秋田駒ケ岳

ワクチン接種後に亡くなった子供たち


僕が年末の休みに入ろうとしているときに、突然、保健省から「緊急の会議に出席してくれ」、と連絡があった。いつもは僕から会議にオブザーバーで出席させてほしいと言うと、内部の会議だからと、剣もほろろなのであるが、今回は違う。 いつものカウンターパートも突然出張に出ていったし、おかしいなあと思っていた。北部の県の二つの保健所で5種混合ワクチン(破傷風、百日咳、ジフテリア、B型肝炎、細菌性髄膜炎ヒブ)とポリオの生ワクチン接種後に生後3ヶ月の子供が続けて4人亡くなった。一人ははじめから心臓疾患のあった子らしい。しかし他の3人の子供は接種後は1〜2日間は元気で 母乳も飲んでいたのに、睡眠中に突然自宅で亡くなった。原因はわからない。病院の診察も検査もなく、もちろん法医解剖もされていない。すぐに埋葬されたという。この辺の地域では、子供が死ぬと夜明け前までに自宅の下に埋めないと次の子供を授からないと言われているらしい。話だけからは、乳児突然死症候群(SIDS)に似ているが、SIDS自体も原因がわからないのであるから、やっぱり原因がわからない。

ここで一番問題になるのは、予防接種をする側に問題がなかったか?である。つまり、保健所のスタッフたちに、ワクチンの扱いや、注射のミスはなかったのか? さらに接種されたワクチンそのものに問題はなかったのか?である。

保健省は県からの知らせを受けて、WHOが推奨している臨床医も含めた緊急対策チームを直ちに現地に送って調査をした。ワクチンの管理から接種にいたるまでを細かく聞き取り調査をして、問題がないことを報告した。残念なことに僕にはこのチームに参加するお声はかからなかったのであるが。。。そして問題に残るのはワクチンである。 亡くなった4人の子供たちは、同じ製造元の同じ製造日のワクチン(同じロット)の5種混合ワクチンを受けている。 そこで、まずこのロットを使用停止にして、調査をしようということになった。 マスコミの関心も母親たちの心配も高まる中で、当然の処置といえるだろう。

ベトナムで現在使われているこの5種混合ワクチンだけは海外からの輸入ワクチンで、WHOとUNICEFがその品質を保証したものである。  それでも、同じロットで、他の国で使われていた場合に問題がなかったか?、製品の搬出時にすべての基準を満たしていたか? 僕は早速、マニラとジュネーブのワクチン安全部門の担当者と連絡を取り、早急に製造元と連絡を取って調査をしてもらうことにした。

わかったことは、このロットはベトナムだけで使われたこと。ただ、この製造元の5種混合は2006年に品質を保証されて以来すでに世界40カ国で使われて、深刻な副作用の報告は3例のみで、他のワクチンに比べて高くないということである。 ポリオの生ワクでも数百万人に一人、3種混合でも百万人に数人が強い副作用が出すと言われているので、毎年5百万回分のワクチンを使っているベトナムでは、現時点で副作用の高いワクチンとは言えない。

すると保健省は、自分たちも調べるけど、製造元とは別にWHOでも独自に調べてくれないかと、言ってきた。 マスコミ対策に困ったときに、何でもWHOに丸投げしてくるいつものパターンである。 あいにくWHO は自分たち専用の検査組織を持っていない。さらにはワクチンの不純物を想定したとして、あらゆる不純物を検査するという膨大な時間と費用をかけるのは一般的には無理である。

WHO では、製造元と、これを認可した手続きの中でワクチンの問題であると言う何らかの疑問が生じた場合に限り、WHOが独自で検査すると規定してある。 すると保健省は今度は、どこか第3国の検査室を紹介してくれと言ってきた。 もちろんはこれには対応した。 今後、保健省が実際に第3国の検査室と連絡を取るかどうかは前例がないのでわからない。

ワクチン接種後の乳児の死亡原因の究明は多くの場合難しい。 その多くはワクチンとは関係がないのであるが、ワクチンと関連がないことを証明することは容易ではない。ワクチンと関係がないという証明には限りがない。あるという証明はそれが出れば終わりだが、否定の証明には限りがないのある。でも、出来る限りの誠意と公平性をもってやらなければ、ワクチンの信用は得られない。そのためには最善の調査がされるべきであるという話である。 

雪国から戻ると、2013年はこのお仕事から始まることになりそうだ。


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