んだんだ劇場2013年8月号 vol.175

No86−熟睡いびき人間−

猛暑の東京でストレッチしてきた

7月6日 長野県に地元の八十二銀行が発行する『地域文化』というレベルの高い雑誌がある。縁あってずっと読んでいるのだが、秋田にもこんな雑誌があったらなあ、といつもうらやましく思っていた(バブルの頃は各地で発行していたが、どこも長続きしなかった)。先日、この雑誌から突然、対談のお声がかかった。自分がちゃんと読んでいる雑誌からのオファーなので、ことのほかうれしかった。そういえば若かったころ、あこがれの雑誌といえば『話の特集』や『噂の真相』だった。それらの雑誌から初めて原稿依頼をいただいた時は、やっぱり本当にうれしかった。そんなわけで今月は長野まで行くことになりそうだ。仕事が終わったら山に登ってこようかなあ。

7月7日 早起きは苦手。いや苦手と思いこんでいる。今日は山に登るために朝3時起きだ。なにが悲しくてこんな時間から活動しなければならないのか。そう思っていたのだが、最近は少し考えを改めた。楽しいことをするための代償、と割り切れるようになったのだ。夜更かしといっても徹夜というのはほとんど経験がない。体調が悪いと仕事をやってられないタイプだ。いつもは12時前後に本を読みながら眠りにつく。それが山行前日には9時に床に入る。だから、身体がビックリして寝付けなくなるのかもしれない。最近は「眠れなくてもいい」と居直っている。夜中の2時だろうが夕方6時だろうが、なんでも来い、という心境だ。どうせ遊びに行くだけなんだから。今月はもう一つ3時起きの山(和賀岳)がある。

7月8日 朝からバタバタしている。余裕がないときって何かが起きる。気をつけなくちゃ。今週はほとんど事務所にいない。東京出張があり、仙台に寄って大学でお話し、週末に秋田へ帰ってくる。出張の会議や講義資料のために先週はたっぷり時間がとられた。今週末は岩手山小屋泊まり登山がある。この準備も必要なのだが、なにせ昨日焼石岳を10時間歩きつづけたばかり。とてもそこまで頭が回らない。しばらく山はけっこうという気分だ(3日と続かないが)。それにしても仕事にも山と同じくらいの情熱がほしい。って自分で言ってどうする。体力的には確実に若いころより今のほうが上だ。山中を10時間歩いても翌日は筋肉痛もなく、普通通り仕事できる。この体力があるから仕事も楽にこなせているのだろう。

7月9日 『明日は味方。』という書名の本が出た。人生は苦難の連続で自転車操業。でも倒れなければ明日は明るい、という内容のエッセイ集のようだ。著者は人気作家・山本一力。新聞広告をみて、あまりにいい書名なのですぐにアマゾンに注文しかけたが、止めた。カバー画像があまりにひどい。表紙いっぱい本人の顔写真で、ほとんど選挙ポスターかNHKの講座テキストだ。良いタイトルなのだが、これで読む気が失せてしまった。書名はエッセイ集として出色の出来栄えだと思うのだが、広告関係者はこのフレーズ(のバリエーション)をさっそく、いたるところで使いだすだろうな。 

7月10日 東京の暑さにビックリ。ホテルで夜に冷房を切ったとたん暖気が襲いってきて、眠られなくなった。冷房をつけると寒くて目が覚める。昔、アマゾンの村で体験した40度越えの暑さより、体感温度として東京は不快な暑さだ。アマゾンは木陰に入るとマット(ジャングル)からの風で涼しい。東京は逃げ場がない。いまさら何を、といわれそうだが、もう何十年も夏に東京に行くのは避けていた。久しぶりの東京夏体験なのだ。「夏」という言葉の持っている青空の爽快なイメージとは似ても似つかない凶悪で底意地の悪い暑さだ。アウトドアで鍛えているつもりだったが、日常的に過酷なサバイバルをしている都会人には、とてもかなわない。今月はもう一度上京しなければならない。気が重い。

7月11日 仙台経由で秋田に夜遅くに帰ってきた。東京は極悪顔した猛暑で、仙台は曇り雨。わが故郷は雨、雨、雨だ。これで明日は岩手山小屋泊まり、大丈夫? でも明日のことを考える余裕はない。留守をしていて溜まった仕事を今日一日でなんとか片付けたい。優先順位を決め重要なことからやっていくしかないが、頭は出張先に飛んだまま。気持と身体がバラバラだ。こういうときは散歩に出て冷静になるのがいい。わかっているが外は雨。そういえば東京の街ではマッサージ屋さんにかわって「ストレッチ屋さん」なるものがオープンしていた。さっそく無料体験してきたが、猛暑とストレッチというミスマッチも乙なもので、いい気分転換になった。トレーナーによると小生は「尻が凝っている」そうだ。


3連休は岩手山小屋泊まり

7月12日 読んでいないのだが、週刊ポストが「小沢一郎と西郷隆盛」という特集を組んでいる。これは興味深い。西郷ファンは「なんであんなやつと」と小沢一郎に嫌悪感を持つだろうが、冷静に歴史と向き合って考えれば、この2人は実によく似ている。歴史をジャッジする個人が、なにに立脚し、自分の生きてきた風土と比較し、どの角度から人物評価をするのか、が重要だ。確かに「東北史」の観点からみれば、小沢一郎と井上ひさしはそっくり同じ「思想」の持ち主だ。アメリカの近代史の研究者には、三島由紀夫と田中角栄は「反米愛国」「親中」という「同じ穴にいる敵」で、それ以上の区別はない。イデオロギーや出自を超え、歴史の中の人物を「別の視角」から切り取ると、面白いものが見えてくる。

7月13日 今日は岩手山に登る予定だったが、洪水注意報が出るほどの雨なので、延期。明日出発することに。3連休で助かった。山小屋泊まりから帰れば、すぐに庄内地方に2泊3日の出張だ。今日はそのための準備。選挙は期日前投票になりそうだ。再来週は長野行き。なんだか落ち着かない日々。でも出張が多いと電車でたっぷり本が読める。そういえば内田百閭Zンセイの『阿房列車』を読んでいたら、旅の途中でお金がなくなると古本屋に手持ちの本を売って路銀を得ていた。昔は本もちゃんと高値で売れたのだ。鉄ちゃんの内田にいつも同行する仲間のあだ名が「ヒマラヤ山系」というのも笑ってしまったなあ。

7月14日 曇天ときどき小雨の中、岩手山へ登ってきた。数年前に登った時は網張温泉リフト口からだったが、今回は初めての馬返し口。ゆっくり雨の中を5時間、八合目避難小屋で1泊。3段ベッド毛布付き。隣との隙間は30センチで満杯。人間カイコ状態だ。寒くなかったのが救いだが、今はやりの富士山の小屋って、こんな感じなんだろうな。6時消灯だったが隣のオヤジのいびきで寝られなかった。翌朝4時半起床。仲間に「いびきで寝られなかった」と愚痴を言うと「アンバイさんと2重奏で、ひどかった」と言われた。いや、おれ、ほとんど寝てないはずなんだけどなあ。そういう奴に限って熟睡いびき人間なのだそうだ。ほんとかなあ。

7月15日 3連休最後の日は朝4時半起き。8合目避難小屋から山頂へ。曇天なのに山頂だけ青空だった。日常では見ることのできないほどの澄んだ深いブルーで、まるで8千メートル峰のよう(行ったことないけど)。こんな壮麗で神秘的な山頂は生まれて初めてだ。帰りはリフトを使って網張温泉に降りる予定だったが、雷でリフトは一部運航中止。延々とスキー場横を歩くはめに。さらに下山に5時間もかかったのは、雷がひどかったからだ。ゴロゴロ音がするたびにリュックを放り投げ、やぶに隠れた。林から平坦な湿原に差し掛かると、決まって鳴り出すから始末が悪い。山の雷は本当に怖い。岩手山は全国区の山、山ガールたちもいっぱいだった。

7月16日 3連休は雨続きだったが一転、今日はさわやかな夏空。このところ外に出る機会が多い。困るのは毎日食べている自家製カンテンと玉ねぎスライスが食べられなくなること。夜遅くに帰ってくると、何はともあれ冷蔵庫から作り置きのカンテンと玉ねぎを食べる。カンテンは昔から食べていたが、最近は自分で作るほどの凝りよう。これがあるから間食しなくなった。玉ねぎスライスは血圧を下げる効果があるというので食べはじめた。食べてから一度も血圧を計っていないので、その効果のほどはわからない。でも、なんとなく血がサラサラになったような気分が持続している。進めた友人たちにはみんな好評で、2週間でガクンと血圧が下がった人もいるから、それなりの効果はあるのだろう。秋の健康診断が楽しみだ。

7月17日 今日から庄内地方に泊まり仕事の予定だったが、急きょ変更。市内で打ち合わせや雑事に追われることに。昨日はうれしいことが2つあった。洋服仕立直しのお店を見つけたこと(山仲間に紹介してもらった)。これで近所のいやなリフォーム店とおさらばでダブダブ礼服も救われた。もう一つは一緒に仕事をしたいと思っていたある組織から連絡をいただいたこと。こちらから営業しなければならないのに、あちら側から声をかけてもらった。でもこれからが問題だな。うまく進行できるかどうかは五分五分の勝負だ。なんだか穏やかな海面に、嵐の前のようにさざ波が出はじめた。

7月18日 ブラジルに行きはじめて最初に覚えたポルトガル語がレイチ(牛乳)とオニブス(バス)という単語だった。英語のミルクやバスといった言葉で世界中通じると思っていたのでショックだった。あれから30年、昨日ある本で、スタバで飲んでいる「ラテ」の語源が「レイチ」で、複数の人の作品を1冊の本にする「オムニバス」という言葉が「オニブス(乗合自動車)」が語源であることを知ってびっくりした。耳慣れない外国語だとばかり思っていたのだが、実は日本でも日常的に慣れ親しんでいる言葉の「素」だったのだ。英語文化圏の影響が強すぎてラテン系の言葉にまで頭が回らない。

7月19日 恒例の体重報告です。恒例って、自分で勝手に決めただけだが。でも、こうして自分にプレッシャーをかけ続けないと、いつの日かリバウンドするのは目に見えている。体重はいまだ10キロ減止まり、その前後をウロウロ、一進一退を繰り返している。とにかく外での飲食がリズム(体調)を壊している。そういえば先日、テレビの「報道ステーション」にゲストスピーカーとして出演していた人物が岡田斗志夫だとわかった時、背筋が寒くなった。あの『いつまでもデブと思うなよ』(07年新潮新書)が大ベストセラーになった50キロ痩せの評論家だ。もうほとんど見る影もなくリバウンド。一世を風靡したダイエット教祖の末路だ。自分もあんなふうに平気でリバウンドするのだろうか。いやはや怖いものを観てしまった。


映画に山に長野出張

7月20日 何の気なしに観た邦画『しあわせのかおり』にけっこうグッときた。金沢市近郊にある小さな中華料理屋が舞台だ。主人公の王さん(藤竜也)とキャリアウーマンをやめ王さんに弟子入りする女性(中谷美紀)の物語だ。いやみにならない程度に数々の中華料理が出てくる。そのどれもが美味しそう。おれって中華料理が一番好きかも、と唐突に思った。日本料理よりはイタリアン、洋物よりは中華だ。でも秋田では美味しい中華屋さんが少ない。昔はあったが、みんななくなってしまった。で、この佳作だが、監督の名前をみたらあの映画『村の写真集』を撮った人だった。なるほどなあ。田舎の小さな出来事を物語にする達人なのだ。

7月21日 今日は朝3時起きの和賀岳登山。いつもと違ってすんなり起きられた。先日の岩手山山小屋泊まりで「けっこういびきかいて寝てましたよ」と言われ、眠れないと思いこんでいるのは自分だけ、と反省したせいだろうか。で和賀岳だが初挑戦だ。県内で最もタフな山といわれている。初心者には怖くて近づけなかったのだが、Sシェフの配慮で連れて行ってもらった。下山でけっこうバテバテだったが、登りは問題なし。なんかエラいぞジブン。というわけで今度の週末は、長野出張のついでに北アルプス唐松岳に挑戦。ついでにって、調子に乗るなよ。

7月22日 今週は雨からのスタート。ハードな山歩きの次の日の雨は心身に潤いを与えてくれる美容液みたいで、うれしい。このごろは週初めに1週間の予定をシュミレーションし、心構えするのが習慣だ。今週は新しい原稿が1本入り、後半は長野出張。週末からはカミサンが海外旅行するので当分独身だ。自慢じゃないが家事はほとんど自分でやれるし、もう暴飲暴食できる年でもない。いつもとかわらぬ生活を続けながら、できればもう3キロ体重を落としたい。

7月23日 山田洋次監督『東京家族』は小津安二郎の『東京物語』の現代版リメイク映画。良い映画だと思うのだが、妻(吉行和子)が68歳で突然亡くなるシーンには強烈な違和感。私の周辺のこの年齢の女性たちは、もっと若々しく元気はつらつとしている。吉行演じるほど弱弱しくないからだ。小津の映画では東山千栄子が演じ、このときの実年齢は63歳、設定年齢は67歳だ。これは年相応で、逆に夫の笠智衆の設定が71歳なのに、実年齢が49歳、このギャップのほうが話題になった。いくら原作に忠実であっても、現代の68歳の女性が突然ぽっくり、ほとんど理由らしきものもなく逝くのは不自然だ。吉行は1935年まれだから設定年齢より10歳近く上。画面上ではなんとなく納得しそうになるが、セリフのなかに2回だけ出てくる「68歳」という言葉が、違和感と共に、脳裏にこびりついている。

7月24日 「出版ニュース」の最新号を読んでいたら、弓立社から経営移譲された元NHK記者のOさんの手記が載っていた。弓立社は吉本隆明の本を出す版元として知る人ぞ知る出版社だ。吉本を知らなくても女子校制服図鑑や猪瀬直樹の処女作、渡辺京二の著作など、個性的でインパクトのある数々の名作を出してきた版元だ。その前経営者の宮下さんは大好きな尊敬する先輩だ。まったく知らなかった。すぐにメールすると、お元気そうで、一安心。ま、宮下さんらしい選択だ。近いうちに会ってお話を聞かせてください、というと、何でも教えてやるよ、とのこと。自分たちの時代が終わりつつあるのを実感するのは、こんな小さな出来事の積み重ねからだ。またひとつ、ぼくたちの時代の大きな山が消えてしまった。

7月25日 不本意ながら毎日ある薬を服んでいる。武田漢方便秘薬だ。ダイエットをはじめてから便通が悪くなった。ギリギリまで粘って使うのを遠慮していたが(癖になるので)体重を落としたい、という誘惑に抗いがたく、使い始めて2カ月近くたつ。私の身体はもう完全にタケダに支配されている。ところで、今日から長野出張。車中で、いとうせいこう著『想像ラジオ』。実はこの作品が直木賞をとるような予感がしていた。で、落選。そこで逆に読もうと思ったのだから、なんともアマノジャク。昔からリアリティのないお話は苦手だ。この本もよくわからなかった。でも車中で何とか読破。松本でちょうど息子と会う機会があったので、本好きの息子に読了した本をプレゼント。それにしても松本ではやたら白人系の外国人旅行者が目につく。山登りなのだろうか。なにせここは「日本のスイス」だもんね。

7月26日 長野市に移動し、地元銀行発行の雑誌の対談のお仕事。善光寺のまん前にある老舗のお料理屋さんで精進料理を食べながら、地元の出版社Sさんとムダ話をしただけだ。でも舞台裏では、対談をセットしたスタッフの方々が汗だくで準備に奔走していた。申し訳ない。対談後、Sさんと2人で駅前のお寿司屋さんで一杯。もっと飲みたかったが、明日は北アルプス唐松岳に登る予定。早めに失礼して9時には就眠。お天気は大丈夫だろうか。

7月27日 北アルプスはどうやら雷雨のようなので、急きょ中央アルプス木曽駒ケ岳に山行を変更。朝5時出発の時点で天気予報をチェックし、友人のO君の機転で変更を決めた。木曽駒は標高3千mもある大きな山だが、ケーブルカーで頂上付近まで運んでくれるから、歩きは2時間ほど。ちょっともの足らなかったが、すぐ横にある「宝剣岳」まで足を延ばし、ちょっとした岩登り体験。これがスリリングで楽しかった。好天に恵まれたが、北アルプスのほうはやっぱりものすごい雷雨に祟られたようだ。木曽駒は、ほとんど観光地。ズック靴で登っている人も多くいた。


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