んだんだ劇場2013年7月号 vol.174

No85−暑さとともに−

体重の壁と闘いながら、もう半袖だ

5月30日 今日から東京。夕方、朝日新聞を定年退職したTさんを誘って「おつかれさま」の2人会。その前に仙台によりひと仕事。仙台も暑い。神保町では待ち合わせ場所の岩波ブックセンターでS社長にあいさつ。S長老はまったく変わらず元気満々。よくやるなあ。Tさんと昔一度だけ入ったことのある「兵六」で乾杯。2次会は山の上ホテルのワインバー。山の上に行くのは久しぶりだ。15年前は毎月のようにこのホテルに泊まっていた。久しぶりに神保町べったりの一夜。

5月31日 東京2日目。晴天で朝から暑い。昼は神楽坂の出版クラブのレストランで地方・小のK社長と昼食。今回の出張は飲み食いが多い。体重を増やさないように、意識的に野菜中心の食事で行くことを決めていた。ところが今日のランチは「ステーキ丼」。ま、今日だけ例外ということで。そのかわりサラダバーで山盛りのオニオンスライスをチョイス。このところずっと「玉ねぎ」にこっている。まるで健康雑誌の愛読者のようだが、血圧の高い友人が玉ねぎサラダを毎日食べ始め2週間後に大きな効果があった、と聞いたせいだ。血圧は130台だったのだが去年あたりから140台になった。ので渡りに船とはじめてみたのだが、なんだかもう血液がサラサラになった気分。もうこれだけで十分効果があった。健康って気分だもん。

6月1日 東京3日目。今日は1時から友人の会社の「25周年記念」のパーティ。業界の友人たちとまとめて会えるいい機会だ。突然、スピーチを終えた平凡社S社長から挨拶された。「おたくの山の本のファンでFさんの本はみんなに読んでます」とのこと。これにはビックリ。山歩きが趣味で東北は福島の山まで行ったことがあるそうだ。秋田はまだで、本で代替しているのだそうだ。こういうのってうれしい。パーティ途中で退席、新幹線で帰秋する。明日、山歩きがあるためだ。友人たちとの2次会に行けないのは断腸の思いだが、山歩きのためにはやむを得ない。病膏肓に入る。

6月2日 東京から帰ってきたのが夜9時過ぎ。出張の後始末もそこそこに寝床に入った。のだが、こういう時に限って雑念が頭をかきまわす。よく眠られなかった。朝4時半起床、というかほとんど寝てないまま、岩手県境にある東成瀬の東山(1116m)へ。初めての山だ。県南の生まれなのに今まで名前すら聞いたことがない。お天気にも恵まれ、野性味あふれる(登山道の荒れ具合や植林地にも手が入っていない)、知られざる山を楽しんできた。1千mの高さがあるのに登山者にほとんど知られていない、というのもすごい。何か理由があるのだろうか。確かにやぶは多いし、道もわかりにくいし、ブナもきれいとは言い難い。のだが、すっかり気に入ってしまった。ひとりで来るのは難しいが、こんど誰かを誘ってまた来てみよう。帰ってきたら晩御飯を食べるのも億劫なほど眠い。9時には寝床に入ったが、これまた不思議なことになかなか寝付けない。イライラする。

6月3日 いつのまにか5月も終わり6月に。好天が続いている。お米にとっては、ここ数日の天気は根を張る絶好の機会だ。それにしても5月は谷崎潤一郎『細雪』1本に費やされてしまった。大長編なのに書かれているのは4姉妹のうちの3女と4女のお見合いと恋愛沙汰のみ。すっかり疲れてしまったが、最後まで読み通させてしまう大文豪の筆力には脱帽。疲れまくったついでに、谷崎の後は『カラマーゾフの兄弟』(亀山郁夫訳・光文社文庫)を読みだしてしまった。読破まで何カ月かかるのか、自分でも恐ろしい。4部構成で全5巻。途中で挫折することも考え、2巻目までしか本は買っていない。これまでの読書経験から全巻を一挙に買いそろえると「安心して」未読になる可能性が高い。6月はドストエフスキーとの闘いの日々になる。

6月4日 ケチな性分なのだろうかペットボトル飲料をあまり買わない。飲まないわけではない。痛風持ちなので極力水分は摂るように心掛けている。山でも1・5リットルの水は欠かさず持ち歩く。日常生活でも自分で淹れたお茶をペットボトルに詰め替え、飲んでいる。「運動中は絶対に水を呑むな」という非科学的な理屈でしごかれた世代なので、世間の「当たり前のような風習(ペットボトルを買う)」には、ワンクッション置いて、ウサン臭さを感じてしまうアマノジャクだ。なのに目下唯一のゼイタクが1日1本飲む経口補水液「OS−1」(オーエスワン)だ。こちらは通販でダース買い。この甘塩っぱさがたまらない。生理水と同じ成分の清涼飲料水なのだが、ペットボトル1本200円。飲むたびにゼイタクだなあ、とため息をついている。

6月5日 暑さが本格的になってくるのと同期するように仕事も少し忙しくなりだした。出版の問い合わせや関連会社の来訪が増え、自費出版もポツポツと決まりだした。本の売れ行きは一年前から低調のままだが、ここにきて何かが少しずつ動き出しているような気がしないでもない。でも過剰な期待やタナボタの希望や不毛な展望は、まったく抱かない。そのへんは身にしみ込んでいるから浮かれたりはしない。しないが同じ下り坂ならおしゃべりしながら明るく朗らかに下りたい。楽しいことが大切なのだ。このところずっと晴天続き。それも気分を高揚させている要因かもしれない。

6月6日 仕事場の机の前の壁に「弐千円札」がピンでとめてある。飾っているわけではない。財布に入れて持ち歩くと千円札と間違って使ってしまいそうだし、なんだかいろいろメンドくさそうなので、マネーというよりオブジェかメモ用紙感覚で貼っている。って飾っているってことか。ある有名な文化人の講演でこんな話を聞いたことがある。この札が不評だったのは、ロイヤルファミリーのポルノ(源氏物語のこと)を堂々と国のお札のデザインに使ったことで、外国人からブーイングがあったため、だそうのだ。源氏物語は見ようによっては確かにポルノかもね。もう誰も覚えていないだろうが、念のためよく札をみると右下に紫式部の自我像、左側に2名の男性がいて十五夜のスズムシがどうしたこうしたという文章が重なっている。もうそろそろ飾るのにも飽きてきたので、札の処分を考えている。捨てるわけにもいかず、頭を悩ましている。

6月7日 ここ1カ月、押しても引いても体重が落ちない。ばかりか油断をすると1キロは軽く増えている。増えた翌日は必死にカロリー制限するのだが、これが結構しんどい。去年の11月から10キロ減(最終的には15キロ減)を目標にダイエットをはじめたのだが順風満帆に4カ月目で目標をクリアー。したつもりだったのだが以降はずっと9キロ減のあたりをウロウロ。この頃は朝起きたときの身体の軽重でコンマ台まで体重計の数字を当てられるようになった。10キロから11キロの間には目に見えない壁があるのはまちがいない。漢方の便秘薬の力も借りているのだが、どうしてもダメ。ここを超えさえすれば光が見えてくるのになあ。


暑さとともに忙しさも一緒に

6月8日 好天というほどではないが、雨がないというだけで週末はウキウキ気分。仕事をする予定の土曜日だったが予定変更。友人と2人、本荘の八塩山へハイキング。朝9時出発、ハイキングシューズに軽装備で、のんびりダラダラ、まるで緊張感のない山行。これもこれでいいなあ。1時間内外で登れる低山が秋田市近郊にはけっこうある。明日は県南の真昼岳登山なので、2日連続で無理はできない年齢だが、低山なら連チャンでも問題ない。花のきれいな季節の週末は連続山行、というケースがこれからは多くなるのかも。低山に行くと最近は決まって山ガールと思しき娘たちと出会う。

6月9日 予報は好天のはずだが曇天。今にも降りだしそうな雲行きだが、雨はなさそうだ。今日は美郷町にある真昼岳。個人的には秋田で一番ブナ林の美しい森があり、好きな山のひとつだ。毎年、飽きもせず県内の同じ山へ何度も登る。いい加減飽きるが、利点もある。去年や以前の自分と、脚力や登山技術を比較することができる。ここ2年ほど、真昼岳と聞くだけで「しんどそうだな」という気持ちが先行したが、今年は「楽勝」とうそぶいている自分がいる。ダイエットの影響だろうが、ここ10年間のなかでも今年は一番体調、体力が充実している。まあ、こうした時に慢心から怪我や事故を起こすのが常だから慎重にはなっているのだが……。それにしても身体の調子がいいって幸せなことだ。

6月10日 カメムシ臭がする。去年はカメムシでえらい目にあった。網戸のない窓から大量発生したカメムシが入り込み、部屋から数ヶ月間臭いが消えず閉口した。臭いがあるということはどこかにカメムシが居座っていること。探し出せぬまま冬口になり、暖房をつけたとたん電燈の中からカメ2匹が飛び出した。あの時の忌まわしい記憶が蘇った。たぶん八塩山でひっつかれたのだろうか。山から帰ったら身体からかすかなカメムシ臭。暗い気持ちになったが、どうやら服にだけついた臭いだ。服を脱いだら異臭は消えた。自然と遊ぶのは楽しいが、カメと山ヒルの怖さも付いてくる。熊と遭遇のリスクも高い。事故やけがとも表裏の関係だ。そのことを忘れないようにしなければ。

6月11日 久しぶりの新刊が出来てくる。『北海道「古語」探訪』という方言の本。この前の新刊は『新羅乃記録』で、これは北海道の最も古い文献資料の現代語訳だ。連続で北海道の本を出すことになるわけだ。おかげで北海道新聞の広告も打ちやすい。日本農業新聞に連載している「読書日記」も、なぜか2回連続で北海道関連の本を取り上げている。全く北海道を意識していないのだが、不思議とこんなことが続く(似た傾向の本を出す)。これまでもよくあった。論理的にはとても説明できないのだが「テーマ連続の方式」とか、うまいネーミングでも付けてやりたいが、ボンクラ頭にはいい言葉が浮かばない。これでもう1本、何かしら北海道が出てくれば、これはこれでちょっと怖い。

6月12日 出版依頼が増えだした。その対応に忙しい。といってもあくまで依頼者との「対応」や「説明」が忙しいだけだ。このニュアンスを説明するのは難しい。紙やインクの値上がりが続き、印刷所の再編も進み、書店で本は売れなくなり、従来の出版・印刷モデルでは依頼に「対応」できなくなりつつある。前なら簡単にまとまった話が、なかにシビアーな印刷や書店の数字が厳然と立ちふさがり、軽率に「はいはい」と引き受けるわけにはいかないのだ。こんな時代になると予想はしていたが、数年早すぎる。せめて私が引退するまで待ってほしかったのに。本を出す前にヘトヘトに出版者が疲れてしまう、というのは常態ではない。

6月13日 毎日好天というか夏日で、慶賀に堪えないが、こちらは週末だけ晴れてくれればいい、というアマノジャク。でも稲にとっては恵みの暑さだろう。さすがに真昼の駅前散歩は汗だくになるので、1週間前から夜の田園コースに切り替えた。ノースアジア大学前を通り横金線裏手から大学病院にたどりつく、ほとんど人と出会わない暗くさびしい道だ。でも散歩のクオリティは夜のほうが圧倒的に高い。自分の世界に没入しながらでも歩ける。昼の繁華街でこうはいかない。目に見える物のことばかり考えてしまうからだ。それに繁華街にあるのは直線ばかりだ。フランス語の「ランドネ」は遊歩道という意味だが、もともとある道ではなく獣が本能的に選んでゆく「道なき道」のことをいうらしい。夜のコースはこのランドネに近い。直線ではない、予測のつかない自然の時間と空間が、郊外にはまだ残っている。

6月14日 アイスクリームが喰いてぇぇぇぇ。暑い日々が続いているが明日は雨のようだ。ひと雨ほしいところ。が、日曜は焼石岳なので振らないでね。そのアイスだが、去年の11月から食べていない。毎日1個、冬の間も必ず食べていた「森永ミルクアイス断ち」をして半年以上になる。体重が増えたのはこのアイスのせい、と断定して以後、売り場に近づきもしない。おかげで10キロ減を達成できたが、今年の夏はアイスなしで乗りきれるだろうか。たぶん大丈夫。わが友「カンテン」がある。毎日、昼に自分の作ったカンテンを食べるのが日課だ。そういえば暑くなってきたらカンテンの味付けが甘めになってきた。カンテンをミルクアイスの代用にしてはイカンぞ、ジブン。


好天続き、映画三昧、湯沢往復の1週間でした

6月22日 新刊『北海道(古語〉探訪)の出だしは好調。久しぶりに注文電話が鳴り続けた。北海道新聞に記事が出たのと同時に新聞広告も出て連動してくれた。それにしても北海道は東北各地と明らかに読者の反応が違う。正直なところ今、東北各地の地方紙に広告や記事が出ても本はほとんど動かない。北海道だけはちょっと別だ。沖縄も地元本に対して「好意的な視線」があるが、北海道にも似たような「視線」がある。前回出した北海道本の『新羅之記憶』でも感じたことだが、昔は全国どこでもこんなふうに本は地元の読者に「熱望」されていた。今はもうそんな雰囲気はどこにもない。なんだか北海道が好きになってしまった。

6月23日 日曜日なのに山にも行かずボーっとしている。久しぶりに「なにもしない時間と空間」に自分を漬け込みたい。けっきょくはいつものようにダラダラ仕事する羽目になるのだが、気分だけは休日だ。先週半ばから、プライヴェートなことで何度も湯沢市まで往復を繰り返した。そのせいでデスクワークが停滞中だ。来週片付けても何の問題もないのだが、貧乏性というか、週日はできるだけなにもない状態でいたい。早め早めに問題を処理しておきたいタイプなので、「明日できることは今日中にやる」。休日に仕事をかたずけてしまうヘンな癖がついたのはそのせいだ。功罪あるのだが、習癖なのでこればかりは簡単に治りそうにない。

6月24日 前日に明日やることをメモしておく。散歩中に気がついたことをICレコーダーに吹き込むのが習慣だ。今でこそICレコーダーは「ふつう」の文具ツールだが、20年以上前から愛好者だ。たぶん20台以上買い替えているだろう。なくしてしまったり、ズボンに入れたまま洗濯して、ダメにしてしまう。今ならスマホにもメモ機能が付いているから必要ないのだろうが、スマホは大きくて重くてじゃまくさい。おまけに頼んでもいない電話までかかってくる。やっぱりICレコーダーだ。本や食料の買い出し時にも役だつ。買うか買わないか、迷ったものをとりあえず吹き込んでおき、後で聞きなおして決めると、ほとんどが「いらない」。衝動買いなるものが無意味買いと同義なのが、よくわかる。ワンクッション置くと物欲は見事に消える。日曜日は山にも行かずにデスクワーク。前日の予定メモをすべてクリア―。こんなことは珍しい。

6月25日 早朝から個人的な用事で湯沢市までとんぼ返り。午後からは普通に仕事。懐古趣味はないが、長く同じ場所に暮らしていると20、30年前の過去と現在を無意識に比べてしまう。定点観測というやつだ。その移り変わりのギャップに嘆息したり、驚嘆したり。たとえば、高速道ができるまで県北に行くのも県南に出かけるのも宿を確保してからでなければ行けなかった。鹿角や東成瀬村なんて2泊3日の旅だ。今は県内どこでも日帰りできる。山に登ってもちゃんとその日のうちに帰ってこられるのだから、すごい。そんな便利さがよくわかったのが昨夜観た映画『カルメン故郷に帰る』だ。1951年、日本で初めて上映された総天然色映画だ。ものすごい昔ではなく、つい最近まで、フツーにみていた風景が、映画の中にはたくさんあったのだが、やっぱり時代の変遷の速度は信じがたいものがある。

6月26日 いい天気が続いています。「そろそろ雨がほしい」と家人と話しているのですが、いつもは雨や雪の心配ばかりしているくせに、ちょっと晴れが続くと「節水しようか」だから、この世はままなりません。毎日バタバタしていて余裕がないせいでしょうか、目先のことばかりが気になっているうちに日々が飛び去っていきます。かろうじてDVD映画鑑賞で「時間よ止まれ」と自己暗示をかけ、昨夜は『ジェイン・オースティンの読書会』を観ました。上質のコメディでしょうね、これは。オースティンの小説は筑摩から文庫でシリーズ化されているので早速何冊か注文。買っても読むかどうかはわかりません。本は読まなくても買うべきなんですよ、みなさん。ずっとレンタル中だったウディ・アレン監督『ミッドナイト・イン・パリ』もついに借りられました。届くまでが待ち遠しい。

6月27日 今日は仙台出張。出張といえば響きがいいが、ある私立大学でおしゃべりしてくる、というもの。仙台は雨でも降っているといいんだが。毎日好天続きで、ここのところうんざり。こんな時に限って10日以上も山とはご無沙汰だ。日曜は絶対に山(女神岳)に行くぞ。とはいっても、心の余裕は枯れかけている。なんとか「余裕」を持とうと「必死で努力」している。滑稽だ。流れに身を任せて平常心で日々をやり過ごすのが一番なのだが、どうしても「無駄な向上心」がしゃしゃり出てくる。おまけに徹底的な貧乏症だ。いまさら治したり矯正できたりすることではない。年相応に図太くなるしかないが、これもこれで「居直る」のは難しい。朝から晩までなにもしないで本を読む、なんてゼイタクは久しく味わっていない。

6月28日 期待通り仙台は雨だった。今、秋田に帰ってきたところ。学生たちに講義とは名ばかりの与太話をし勝手に溜飲をさげてきた。夜は大学関係者とウナギ屋で一杯。このところ根詰めるような仕事や出来事が続いていたので、いいリラックス出張になった。雨の仙台から新幹線に乗り奥羽山脈を越えたら、青空が広がっていた。冬とは逆のお天気現象だ。仙台は涼しくて快適だったのに、秋田は暑くてむしむし。もう月末だ。来月は今月以上に忙しくなりそう。体調さえ崩さなければ何とか乗り越えられそうだし週末は久しぶりに山(女神岳)にも行けそうだ。いいことは長く続かないが、悪いこともそうそう長くは続かない。長く生きてきて、ちょっぴりそのあたりのことはわかるようになった。


無明舎Top ◆ んだんだ劇場目次