んだんだ劇場2013年4月号 vol.171

No82−万年雪の汚名−

古書店・理系・二日酔い

3月2日 毎日新聞科学記者・元村有希子の『気になる科学』は面白かった。毎日新聞の読者間では有名な名物科学記者だが、新聞を読んでいないので知らなかった。同時に松原始『カラスの教科書』も寝る前に少しずつ読んでいる。おかげで街にいるハシブトとハシボソのカラスの違いはわかるようになった。岩波科学ライブラリーの本も最近けっこう買っている。なぜか理系の本ばっかり。理系の本は文章を読むこと自体が楽しみというより勉強だ。多くの新鮮な発見を含んでいてエッセイは楽しい。文系に比べて、逆に理屈っぽくない人が多いような気もする。さっぱりシンプル系の物書きが多い。相対性原理やiPS細胞などの原理を、わかりやすく中学生に教えられるようになったら、カッコいいよなあ。

3月3日 3月に入ってヒマな我が舎もなにかとザワツキはじめた。周辺に雑音が多くなるのは仕事の前哨戦。ここ半年ほどボーっとして過ごしているので、急に忙しくなっても困るのだが、それじゃヒマのほうがいいか、といわれると、それも問題だ。責任もない、金銭問題もない、締め切りはない。という「仕事」があれば一番だが、そんなものあるはずない。忙しくなれば悩みや苦しみがふえる。仕事は悩むものだし苦しいものだ。楽しい仕事なんて、やっぱりヘン。苦しさの種類は人によって違う。小生の場合は、例えて言えば山登りに似た「苦しさ」といえばいいだろう。乗り越えた後に達成感がある。それがあるから40年間やってこれたのだと思う。

3月4日 地元の新聞を読んでいると、最近小さな会社の倒産記事が目立つ。思いすごしだろうか。去年の夏ごろから劇的に本が売れない時期が続いた。他の業種のことは知らないが他業種も似たような苦しい状態だったのだろう。年を越せない零細企業が県内には山のようにあるのでは、と邪智したが、やはりそれが現実化しているのだろうか。街を歩いていても「楽しそうな光景」を目にするのはめったにない。みんなうつむき加減で暗そうな顔をして沈みこんでいる。昨日はひな祭りだった。森山(五城目)山頂で、女性たちが菱餅と野点で節句のサプライズがあった。こういうのって気持が明るくなるよね。

3月5日 近所を歩いていても、先日まで営業していた飲食店や小売店の廃業や休業中の張り紙が目立つ。つぶれてもニュースにならない小さなところだ。やはり確実に不況の波は続いているようだ。いや、大手出版社だってちょっとヘンだ。書名や著者に魅かれ文藝春秋の本を何冊かまとめて読んだのだが、どの本もスカスカの内容だった。一昔前なら文春では絶対手を出さなかったレヴェルの本なのだ。創立90周年で舞い上がっているのか、それとも企画にインフレが起きているのか。矜持や規範が大手から失われてきているのか。追い詰められているのかもしれない。よそ様のことを論っている場合ではないけど。

3月6日 古来からの伝統行事に少しは関心を持つようになった。若いころは、古臭くて暦だけの伝統行事など何の関心もなかった。それが今年はどうだ。3月は山頂で「ひな祭り」をしたし、昨日の啓蟄は、明日それにかこつけて友人たちとお酒を飲む約束までしている。14日はホワイトデー。先月のバレンタインに2名のご婦人からチョコをいただいたので、そのお返しを考えている。20日の春分の日は何をしようか。3月の後半はいつも仕事が忙しくなる時期だが、伝統行事はしっかり脳裏に刻み込み、その由来に思いをはせるのも悪いことではない。年だねやっぱり。

3月7日 久しぶりに市内の古本屋へ。急に必要になった昔出版した自舎本を買いに、である。こんな「バカなこと」をもう何年も続けている。自舎本といっても1千点を超えている。みな小部数の本だから保存本は一冊あるが、それに線を引いたり乱暴に扱うことはできない。というわけで古本屋のお世話になる。いい本だったなと思うものは、それなりの値段が付けられているのはさすがプロ。たまに稀少本で10倍の値段を付けても売れるものが定価以下だったりする。それは即お買い上げ。いや転売して儲けるわけでない。愛読者へのプレゼント用だ。東京の古本屋で領収書をもらうとき身元がばれ、怪訝な顔をされたこともある。古本屋で自舎の本を買う。この頻度はますます増しそうだ。

3月8日……くるしい。二日酔いだ。昨夜はモモヒキーズの宴会が市内某小料理屋で。そこではそこそこ自制が効いていたのだが、2次会でひとり入ったバーで自滅。そんなに飲んだ記憶はないが、勘定をいくら払ったかの記憶もない。昼になっても頭が痛くて身体に力が入らない。ずっと横になっていた。昔に比べて二日酔いがひどくなったのは、加齢もあるだろうが食べ物を食べなくなったことも原因だ。空腹で飲んでいるのだ。その証拠に翌日体重を計ると、飲み食いしたはずなのに、ほとんど体重は変わっていない(翌日増えているのだが)。しばらくは酒をみたくない。


今年も春に雪の残る家

3月9日 ずっとあったかく、今日は風と雨。夜半の風はものすごかったが、雪が伴わないと怖さも半減。ここ数日、道路のアイスバーンをツルハシでコツコツ砕く作業が各家々で盛んだ。この音が聞こえてくると春の近さを感じる。寝床でその音を聞きながら、昔はあの氷砕きはツルハシではなく身長ほどもある太い鉄棒で、それで地面をつついて割っていたことを思い出した。そういえばあの鉄棒、最近どこでも見かけないなあ。売っていないのかしら。県南部に比べれば雪の少ない秋田市では使用する習慣がなかったのかも。

3月10日 今日は河辺にある「一の沢山」という地図にない山(登山道もないので冬しか登れない)に初登頂の予定だったが中止。北海道付近の低気圧の影響で、猛吹雪が予想されたからだ。すでに五能線は止まっているし、県内一部の道路の寸断もではじめたようだ。風雪波浪注意報も出ている。昨夜リーダーから中止メールがあったらしいのだが、休みの日はPCは見ない。ケータイもどこにあるのか所在不明なので小生にだけ連絡とれず困ったらしい。すみません。ケータイ不携帯なんだからダメですねえ。今朝はすっかり山に行く用意をしていた。そこに朝リーダーが家まで来てくれて中止が判明した。いやはや申し訳ない。さて今日一日どうして過ごそうかしら。

3月11日 あの地震から2年がたった。なんともいえぬ複雑な気持ちだ。今週は新刊2冊ができてバタバタしそうだ。転勤になる友人記者の送別会もある。最近けっこう外で飲む機会が多い。昨日も山行が中止になったため、友人と2人で事務所宴会。ダイエット中なのにダイジョウブ? という声も聞こえるが、飲む前にサラダなどで満腹感があれば暴飲暴食はかなり防げることがわかった。昨日もモッツァレラ・チーズに青い野菜をたっぷり入れカプレーゼを作った。が、オリーブ・オイルが安物だったせいで夜中に胃もたれ。Sシェフから片栗粉を使うカキや鳥のムニュエルをいくつか教えてもらった。これは今日の夕食から早速使えそうだ。

3月12日 昼に散歩がてら駅前喫茶店に入る。そこで1時間ほど読書するのが慣習になった。集中して本を読める「理想の席」をようやく見つけたのだ。「タリーズ」の一人掛けソファ―席。外の風景が見えるから圧迫感や閉塞感がない。客の姿を見なくて済むのが、なによりありがたい。「スタバ」は旅行客や女子中高生ばかりでよそよそしい。「ドット―ル」は暗くてタバコ臭く場末感漂っている。パン屋を兼ねた「ナントカ・フランセ」はオバサンばっかりで、雑音が多くかまびすしい。それらをはしごして最近出た結論が「タリーズ」なのだ。でもここは混む。さらに注文品はレシート番号を大声で読みあげてから出すシステム。この声が大きくてうざったいのが欠点だ。それでも女子従業員は教育が行き届いていて、子供っぽくない。行くと「いつもありがとうございます」とあいさつされた。好感度が長く続いてくれればいいのだが。

3月13日 いまのところ小生の最も若い友人・横山翼君は1993年生まれの19歳。国際教養大の2年生で現在リトアニアに留学中だ。出身は讃岐で、秋田の稲庭うどんは「ソーメンでしょ、あれは」といいはる。趣味は登山、落語鑑賞、歴史小説。将来はジャーナリストになりたいそうだ。尊敬するのは故郷出身の元総理・大平正芳。彼の「リトアニア留学日記」の連載が来週あたりから本HPではじまる。乞うご期待。で、2番目に若い友人である秋田大学H君は22歳。今日メールが来て、新聞社就職面接の小論文を添削してほしい、という。ま「友人」だからしょうがないか。

3月14日 なんとも不思議。今日の朝いつものように体重を測ったら昨日より1キロ減。昨夜は転勤する新聞記者の送別会でたっぷり酒を飲んだ。なのに二日酔いの朝はいつも体重が落ちている。これはいかなる生理的理屈によるものなのか。で、さらにその翌日に計ると飲む前の体重より、ちゃんと増えているのだ。身体の中ってどうなってるの? というわけで体重はいまだ順調に落ちているのだが、便通が極端に悪くなった。痩せれば身体のいろんな機能がスムースに動き出すと信じていたのだが、便通はまったくの想定外だ。

3月15日 予想通り体重は13日朝の飲み会の前日に戻っていた。飲んだ翌朝より1.5キロ近くも増えている。がっくり。腹立ちまぎれに玄関前アイスバーンをツルハシで割る作業に熱中。息が切れた、苦しい。持続力がない。それにしても鉄板のようなアイスバーンだ。ツルハシも歯が立たない。家の北側に位置し一日中陽が当らない。町内でもっとも最後まで春の来ない場所が、我が家だ。今年はその汚名を返上したかったのだが、時すでに遅く、今年も「春も雪のある家」の汚名は雪げなかった。


漬物・白鳥・花粉症

3月16日 友人の大学生のH君の就職用小論文の添削をしている。新聞社の面接用文章だ。突っ込みどころはいくらでもある。しかし自分が20前後の時、こんなちゃんとした内容の文章が書けただろうか、とも思う。添削しながら考えた。若い人の稚拙な文章を直すのは簡単だ。でも自分が面接官の立場だったら、H君の荒削りな文章と、すっきりソフィスケートされた私の直しの文章と、どちらを選ぶのだろうか。直しの入った文章は若者らしさも、面白みもない、「正しい」小論文だ。これでいいのだろうか。企業にとって「如才のない文章を書く若者」は、いまも必要なのだろうか。生まれて一度も就職経験のない私には、よくわからない。

3月17日 今日は気持のいい山歩きだった。太平山前岳を目指してひとり歩き始めたのだが、あまりの青空に背中を押され、中岳まで歩いてしまった。久しぶりに本格的な登山で、いまは心地いい筋肉痛だ。山は荒れるもの、と決めているので青空の下を歩くのは「今だけだよ」と、思わぬプレゼントをもらった気分になる。こんな日は、太平山は広小路並みの混雑だ。そんななか、ジャラジャラとクマ鈴を鳴らしラジオまでつけて登る人もいる。冬眠中のクマを起こしたいのだろうか。他人を不快にしたいという確信犯なのだろうか。いや、顔をみるとわかるが自分のこと以外何も関心がない人たちだ。他人のことなど一切考えていないのだ。

3月18日 雨の日々だが、土砂降りでも散歩はする。雨は山で慣れている。山用のレインウエア―が大活躍する。たまたま駅中書店をのぞいた。上品そうなご婦人が雨にぬれたバックを堂々と本の上に置き週刊誌を物色中。よほど注意しようかと思ったが、やめた。怪訝な顔をされるに決まっている。街を歩いていても、横断歩道を渡る私に車は減速しようとしない。狭い道路を3人横並びでふさぐ中高生の子供たちにも腹が立つ。気分転換のために外の空気を吸いに出たのに腹の立つことばかりだ。文具ひとつ買うにも、店員はこちらの質問のたびに「お待ちください」と奥に引っ込んで訊きに行く。けっきょくは、こうしたマナーや知識を、若い世代に丁寧にパスすることを怠った、私たちの責任なのかもしれない。

3月19日 「履き替えて 足のかろさよ 春の道」――友人(先輩)からメールで句が届いた。散歩の靴をスノトレからスニーカーにはきかえた雪解けの喜びが簡潔に表現されている。この句に背中を押されて、今日は朝から服や靴や押し入れ類の一切合財を、冬から春モードに模様替えした。万年雪とヤユされる我が家の玄関前の根雪もすっかりとけた。今日の散歩は私も冬靴からウォーキングシューズ(それも新品)に履き替えて行く予定。もうこれだけでいそいそと心弾む。今週に入ってから朝晩、北に帰る白鳥たちのガーガーと汚い鳴き声がうるさい。本当にうちの真上が白鳥の北帰行のルートなのだ。

3月20日 駅前デパートで100g170円の白菜漬けが売られている。これが好物で、よく買う。白菜一株は2キロ前後の重さがあるから、500グラム買ってもかなり高い。そこで、これとそっくり同じ味の漬物ができないか、Sシェフの指導を受けて現在試行錯誤中だ。白菜の重さをきっちり計り、調味料の配分を工夫し、最近はかなり近い味まで再現できるようになった。でもこれはビギナーズラック、同じようなレヴェルをキープするのは簡単ではない、とSシェフにはくぎを刺された。白菜漬けがうまくなれば秋の小ナスにも挑戦するつもりだ。ちなみに、漬物作業は家でやるとカミサンがあれこれうるさいので事務所の資料保管庫の隅で隠れてやる。来客はいやおうなく味見させられるのが義務である。

3月21日 冬の間、窓をあけることはめったにない。今日は朝から好天、換気しようと窓をあけたとたん、くしゃみ、鼻水が止まらなくなった。これが花粉症ってやつか。この時期になると山行を中断する人もいるから、手放しで春の陽気だと喜んでばかりもいられない。小生も人並みに花粉症の仲間入り。仲間外れよりはちょっぴり嬉しいカモ。週末の今夜は友人たちが事務所に集い食事会。牡蠣蕎麦とスゴエモン(魚)という、ちょっと普段は食べられない珍料理をSシェフが披露してくれる。もう朝からコーフンでドキドキだ。小生も得意料理(?)の白菜漬けと卵焼きとカンテン(デザート)をお披露目の予定。昨日から時間をかけて仕込みは万全。でも暴飲暴食だけはゼッタイしないゾ。


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