んだんだ劇場2011年7月号 vol.150
No84
生食ソラマメ

佐倉城址公園の花菖蒲
 6月になったので、前回は空振りだった佐倉城址公園の花菖蒲園を再訪した。

佐倉城址公園の花菖蒲
 ここには29種、9000本の花菖蒲があるという。まだつぼみさえ出ていない品種もあるが、白、紫、黄色のさまざまな色合いの花が列をなし、遠目にも美しい。
 ところで、花菖蒲はアヤメ科の植物である。前回の「日記」でお見せしたのは、わが家のアヤメ。花菖蒲とアヤメの正確な区別方法をきかれると、「葉脈の模様が違うらしい」とあいまいな答えしかできないが、私でもできる区別は、花菖蒲や杜若(かきつばた)は水辺に咲くが、アヤメは畑でも栽培できる、つまり湿地でなくてもいいということだ。それに咲く時期が違う。花菖蒲はアヤメより1か月くらい遅いのである。
 今年はなんだか、6月中旬というのに寒さを感じる日がある。平均気温は例年より低いのかもしれない。ということは、花菖蒲の花期も長いだろう。6月いっぱいは佐倉城址の花菖蒲を楽しめるに違いない。見に来てほしい。佐倉藩主・堀田正信が1人で江戸から帰って来たくらいに、佐倉は都心からそれほど遠くないのだから(この話は「んだんだ劇場」6月号にあります)。

『大木健二の 洋菜ものがたり』
 20年ほど前、読売新聞の食べもの専門記者だったころお世話になった方の1人に、東京・築地の青果中卸業、大木健二さんがいる。西洋野菜の普及に熱心な方で、『大木健二の 洋菜ものがたり』(日本デシマル)という著書もあり、ズッキーニ、アーティチョーク、アンディーブなど、今でも一般的とまでは言えないものの、レストランではよく使われる野菜のことをいろいろ教えてもらった。
 その大木さんがある日、「生で食べられるソラマメがある」と言った。千葉県館山市の契約農家で栽培してもらっているという。「なかなかうまい」というが、話を聞いた時には収穫期を過ぎていた。それで、「タネを分けてもらえませんか。自分で育ててみたい」と頼んだところ、「だめ。契約者以外に作られては、価値が下がる」と、言下に断られた。
 以来、どんなものなのだろうと、頭から離れることはなかった。
 『日本の野菜』(青葉高、八坂書房)によると、ソラマメの原産地には諸説があるが、エジプトでは4000年前から栽培されていた記録があるという。日本へは、東大寺の大仏を建立した聖武天皇の時代に渡来したと伝えられる。江戸時代以降は、完熟した豆を乾燥させ、穀物の代用食として重要だったという。しかし食糧難の時代は重宝だったが、米余りの時代になると備蓄の重要性が薄れ、「昭和45年からは統計面に計上されなくなってしまった」(青葉高)そうだ。
 まあ、1年中なんでもある日本の野菜流通から見れば、この季節にしか食べられないソラマメは貴重品だと私は思っている。それに、自分で栽培してみると、採りたて、ゆでたてのソラマメのうまさは格別だ。枝豆もそうなのだが、未熟のうちに食べる豆は、収穫後も生き延び、熟そうとして、溜め込んでいたエネルギーを消費する。結果、豆が消費者に届く頃には味が落ちる。それは知っていたが、生で食べられるソラマメはどんな味なんだろうと、ずっと思っていた。
 それが昨年の秋、見つかった。私の単身赴任宅があった愛知県稲沢市のホームセンターで苗を売っていたのである。大木さんが「門外不出」にしていたはずの「生食ソラマメ」の苗である。私はすぐに4本買い、東海道新幹線、外房線の特急内で傷まないように大事に運んで、房総半島、千葉県いすみ市のわが家の畑に植えた。それでも2本は傷ついて枯れたが、残り2本は育ってくれた。
 で、今年は、一粒だけ試食して、残りは完熟させて来年のタネにするつもりだった。ところがある日、隣の畝にあった普通のソラマメと一緒に、かみさんが収穫してしまった。しかも大量に……。「大丈夫、まだいくつかサヤが残っているから、それをタネにすればいいでしょ」と、かみさんは言う。まあ、しかたない。

初めて食べた、生食ソラマメ
 『大木健二の 洋菜ものがたり』には、「チーズとワインにピッタリ」と書いてあったが、私にはほとんど味が感じられなかった。ソラマメ臭さはなく、サクサクした感じだった。大木さんの本には、日本で初めて収穫された時、新聞記者を招いて試食会を開いたところ、「マメの薄皮をとって食べるべきか否か、論議に」なったと書いてあり、大木さん自身は「わたしは皮が硬い感じがするので皮むき派」との評価だった。しかし、私が食べたソラマメは、薄皮にまったく抵抗がなかった。もしかしたら収穫時期が早かったのではないだろうか。だから「味がない」と感じたのかもしれない。
 「生食ソラマメ」は、イタリアでは日常的な野菜だという。ソラマメは地中海沿岸地域では古代から食べられていて、その中から「生食用の品種」が開発されたのだろう。
余談だが、この地域では「ソラマメ中毒」も昔から知られていた。古代ギリシャの哲学者ピタゴラスは、弟子たちにソラマメを食べるのを禁じていたし、十字軍の時代に、修道士が自ら剣を持って結成したテンプル騎士団も「有害な食物」と定めていた。と言っても、これはこの地域の男性に見られる一種の遺伝病なので、日本人は関係ない。安心して食べていい。

ジューンベリーは6月の味
 かみさんが、花壇にジューンベリーの木を植えたのは何年前だっただろうか。細い幹が何本も群れるように育ち、昨年、実がついた覚えがある。今年はこれが、たくさん実った。

ジューンベリーの木

熟したジューンベリー
 紅葉もきれいなバラ科の落葉木で、アメリカやカナダに広く分布し、ジューン(6月)に収穫するのでこの名がついたそうだ。直径1センチほどの小さな果実は、熟すと赤紫色になって、ほのかな甘酸っぱさが心地よい。かみさんがデザート用に摘んできてくれたのを房ごと口に入れたのは、ちょっとぜいたくな気がした。
 この時期、西隣の道路向かいには、ビックリグミも実る。正式名は「大王グミ」というのだが、実が長さ2センチにもなるので「ビックリ」という名がついた。隣に夏グミの木もあって、こちらは小指の爪ほどの実しかつかないので、比べれば、なるほど「ビックリ」の大きさだ。昨年はほとんど実らなかったが、今年は豊作だった。

たわわに実ったビックリグミの木

デザートにもビックリグミ
 実はこの木、西の隣人、加藤さんの敷地にある。神奈川県で鉄骨加工業をしている西の加藤さんは10年以上前から自分で家を建築中だが、まだ完成しない。建築工事に来るのは年に数回。「グミは勝手に食べていいですよ」と言われている。早く家を完成させて引っ越して来ないかな、と思っているのだが、それはまだ当分先のようである。それまでの間、グミの木と道路の間の空き地の草刈りでもしておいてやろう。

食べられる花
 ほう、ほう、うれしいことをするじゃないか。こういう演出は食欲を増進させる……先日の夕食、かみさんが、ゆでたサバの上に緑の葉と黄色い花を飾りつけて出してくれた。葉も花も、ハーブの一種、ナスタチウムである。

ゆでたサバに載せたナスタチウムの花と葉

庭に咲いているナスタチウム
 ナスタチウムは南米原産で、ノウゼンハレン科という、聞きなれない科に分類されている。日本語名はキンレンカ。実は、ナスタチウムという名前は、肉料理の付け合わせによく使われるクレソンの学名に由来している。葉も花も、食べるとわずかな辛味があり、それがクレソンに似ているからだ。日本にも食用ギクがあって、花を食べることがないわけではないけれど、欧米ではエディブル・フラワーと称して、いろいろな花を食べる伝統がある。私もハーブの一種、ボリジの青い花をサラダに散らしたことがある。
 ナスタチウムは花を鑑賞するだけでもいいのだが、こうして料理に使ってくれれば、食いしん坊の私としては、なんだか得をした気分になる。
(2011年6月19日)


無明舎Top ◆ んだんだ劇場目次