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ライト兄弟の初飛行が1903年である。アポロ11号の月着陸が1969年。この間わずか66年だ。ちなみにリンドバーグの大西洋横断が1927年で、ライト兄弟の初飛行から24年である。ここから月着陸までが42年。 初飛行が300メートル、ニューヨーク・パリ間が6000キロメートル、そして地球・月間が38万キロメートル。つまり距離だけで考えると、24年間で2万倍になったものが、次の42年では六十数倍に過ぎない。そしてその後の40年間、月から先に一歩も踏み出せずにいる。 一歩といってもそれは火星への道だからそう簡単に踏み出せるものではないが、アポロ計画終了後、人類は地球周回軌道より向こうにも行ったことがない。ということは、月着陸はアメリカがやっとのことで成し遂げた一つの限界なのだろう。 そんな月着陸を、実は捏造されたものだ、とするアポロ計画陰謀説を唱える者もいる。三十数年の空白は大きい。人類が月に下り立ったことを知らないものもいる。こんな連中がそんな陰謀説を簡単に乗ってしまうのだ。 笑ってしまうのは、UFO―宇宙船の意味だが―飛来説を唱える者と、この陰謀説者の多くが重なるのだ。やって来たこともないものは来ていると言い、行ったことがあるものは行っていないと主張する。結局はとんでもないことを言うのが好きなだけなのだろうが。 陰謀なんてものは人に知られないようにやるから陰謀なのであって、露見したのは数限りなく行われたもののうちのごくわずかなのだろう。同様に陰謀説も数限りなくあったろうが的を射たものはどれだけあったろう、ほとんどが的外れだったのはたしかだ。逆に、陰謀説そのものが陰謀であることは珍しくもない。 炭焼きの清七は焦っていた。娘のカズコの腹はこれからどんどん膨れていく。女房が男と逐電して10年、母親のようなふしだらな女にはすまいと、苦労して育てた一人娘がこのままでは父無し子を生むことになる。 元はといえば娘の純潔を疑って、きこりの権左なんぞに相談したのが運の尽きだ。調べてやるの安請け合いにどうやるもんかと思っていたら、なんのことは無い、自分のモノを突っ込んで調べやがった。「喜べ、未通女だった」と言われて喜べるわけがない。キズモノにしやがって。 そのあとがマタギの勝治だ。なんてたってシカリ、マタギの首領だ。娘を悪い虫から守ってもらうには最適、と思ったのがケチの付きはじめだ。あろうことかその本人が娘を攻めまくった。 どいつもこいつも信用ならぬ。こうなっては役人に頼るしかないと、役場に出向いて疫病神にとりつかれた。下っ端役人から順繰りに村長まで、たらいまわしにオモチャにして、孕ましやがった。その責任もたらいまわしで、父親になろうなんて者は一人もいない。 事ここに至っては謀略もやむを得ない。一刻も早く父親を作り出すしかない。 娘のところに忍び込んできた男をとっ捕まえて、有無を言わさず婿にするのが一番手っ取り早いが、娘の腹のことはそれとなく村中に知れ渡っている。ヘタをして姑息な役人の落し胤を押しつけられたらたまったものでない、ババを掴まされるのは御免と敬遠されている。こうなれば事情を知らないよそ者を見つけ出すだけだ。 そして見つけた。ちょくちょくこの村に出張でやって来る農業指導員だ。一つ山を越した岬のてっぺんに住んでいる。以前はカミさんとの二人暮しだったが、亭主があんまり疑り深いってんで、カミさんは家を飛び出したらしい。仕事熱心で人当たりも良い、となかなかの評判である。疑り深いのも、カズコの身持ちを守るにはそれぐらいがちょうどいいというもんだ。なにより女房に逃げられた男に悪人はいない。 ただ、腹のことを疑われるのはなんとか避けなければならない。村の者は、下のほうは奔放でも口はけっこう固い。特によそ者には口を閉ざす。役場の連中にしたって、滅多なことはしゃべらないのが習性だ。それに身に覚えのある奴らにすれば、ヘタな事を口にしたらやぶへびだ。大丈夫とは思うが、ヘタな噂がカモの耳に入ったら、陰謀だと言下に否定するまでだ。 心配なのは性悪の若い衆だ。いまはババを掴みたくないからおとなしくしているが、本心は娘に手を出したくしょうがないのだ。いざ娘がよそ者のものになるとなったら、腹立ちまぎれに何をするか分かったものでない。 この地域の米は、どうも年毎の品質にばらつきが出る。農業指導員の勇作は、ちょうど成熟期に吹く秋の潮風が悪さをしているのでは、と疑っている。勇作は海辺に住みながらも、どういうわけか潮の匂いが好きになれない。生臭さを感じるのだ。山一つ越えたこの地まで潮の匂いがやってくると、犯人はこいつだと断言したくなる。 しかし潮風を遮ることなんぞ不可能だから、作付けを早稲に変えて成熟期を早めにしようと考えている。ところが農家なんてものはだいたいが頑迷固陋で、昔ながらのやり方を変えようとはしない。勇作が一生懸命説いて回っても、お義理で聞いているだけで、頭の中はうわの空だ。 それが炭焼きの清七と親しくなってからは、雰囲気がガラリと変わった。百姓たちは熱心に話を聞いてくれる。勇作を憐れで、聞かなきゃ申し訳ないようにして聞いてくれる。役場の人間にいたっては、頼んでもいないのになにかと便宜を図ってくれる。まるで罪滅ぼしをするかのように勇作を丁重にかしずく。清七は清七で、家によって飯を食っていけ、風呂に入っていけ、山越えて戻るのは大変だから泊まっていけ、とやたらに家に呼びたがる。 村中でこうまで歓待にあずかると、どうしたってこの村に住まいを移そうかという気になる。もともと潮の匂いなんて性に合わなかったし、女房が出ていった以上岬の上にいる必要はない。どこか空いている農家を借りようかと清七に相談すると、清七は一も二も無く、 「したな必要はねえ、うぢさ来い」 「んだって清七さんどごさは年頃の娘さんいるのだべ。そたなどごさオラが寝泊りするわげにはいがねべ」 「オメのごど信用してるがら大丈夫だ」 「いぐら清七さんが信用したって、世間の目どいうものがあるがら……」 「したな心配いらね。この村でとやがぐ言う者がいだらオラが黙らせる。嘘でね、村長だってオラの言うごど聞ぐがら。だがらすぐ引っ越して来い、明日引っ越して来い、いや今がらうぢさ来い」 有無を言わさず腕をとられ清七の家に連れ込まれると、娘が出迎えた。 「娘のカズコだ。どうだ美人だべ。村一番の器量良しだぞ」 確かに美形だ、この村にこんな美人がいるとは知らなかった。完璧といっていいくらいだ、非の打ちどころがない。清七に信用していると言われたものの、困った。これでは自分自身が信用できない。自信がない。 清七には自身があった。勇作を家に連れ込みさえすれば、あとは時間の問題だ。どんな堅物でもカズコを見れば気持ちがぐらつく。村一番の器量良しで、その体つきは黙っていても男を吸い寄せる。実証済みだ。その上カズコは頭が少し足りない。こんな女がそばにいて、ヘンな気を起こさない男なんぞ、いようはずがない。 次の日には清七は、炭焼きに山に入る、と言い置いて家を空けた。カズコには噛んで含めるように策を授けてある。 「夕食が済んで風呂から上がったら、コタツで寝たふりをしていろ」 勇作にすればこんなに早く進退が谷まるとは思っていなかったので、心の準備ができていない。大酒飲んで頭から布団をかぶって寝てしまおうかとも考えたが、酒の勢いでとんでもないことしでかすかも知れない。 そもそも二人っきりになったら、何を話していいのか分からない。カズコはちょっと頭が足りないようだが、そこがまた男心をくすぐる。かみ合わない話より、どうしたってやる方に意識がいくのは避けられそうにない。どうしたものか。 そんな勇作の逡巡などお構いなしに、カズコは勇作と居間のコタツで夕食を共にした。夕食が済むと、カズコは父親に言われたとおり勇作に断って、先に風呂を使った。そして、だいぶ冷え込みが強くなった時期だが、指示通り湯上りの素肌に浴衣をまといコタツに戻った。 「どうぞ続けてお風呂使ってけれ」 そう言われたら勇作は従うしかない。それにしてもカズコの浴衣姿はまともに見られなかった。あと数秒目にしていたら、勇作の理性は崩壊していた。 風呂に浸かっていても必死で激情を抑えている。とてもこんな状態で一晩過ごせそうにない。かといって居候二晩目にして信頼を裏切るようなことをしていいのか。勇作の逡巡はなお続く。 村中の者が自分に親切にしてくれる。百姓や役場の人間だけでない。きこりの権左もマタギの勝治も親切にしてくれる。みんな自分に同情してくれているみたいだ。それなのにそんな自分が村一番の器量良しに、それも恩人の娘に手を出すなんて、性悪の漁師だってしない大罪だ。勇作の思案は定まった。 勇作が毅然とした表情で居間に戻った。カズコにおやすみの挨拶をして、早々に床に入るつもりだ。が、そのカズコはコタツに突っ伏したまま寝入っている。素肌に浴衣一枚だ。 「こたなどごで寝てはだめだ、風邪ひくど」 「んー、寒みい」清七に言われたとおり眠ったままつぶやく。 「布団さ早ぐ入れ」 返事がない。おそるおそる揺すっても起きない。ただ、 「んー、寒みい」 しょうがない、勇作は後ろからカズコを抱き上げる。どうしたって前に回した腕がカズコの胸を締め上げる。 「ああーん」父親の指示がない声も自然に漏れる。 ふくよかで弾力のある胸だ。もつれるようにしてカズコを部屋まで引きずっていった。酒を飲んだわけでもないのに、こうまで寝入るものかと不思議だったが、寝入ったままでいてくれるのがありがたかった。 もう少しこのままでいたかったが、ともかく布団に寝かせた。ここからが男気の見せ所と、勇作は腹をくくった。先ほどの決意はまだ揺らいでいない。カズコを掛け布団でしっかりおおうと、おやすみと声をかけ、未練を見せず毅然と立ち去るのだ。 が、カズコの片足が膝を立ている。そんなんでは風邪をひくと、目をそむけながら布団の裾から足首を引っ張り戻す。すると反対側の腕がストンと布団からはみ出す。しょうがないと勇作はこれも布団の中に戻す。次は逆の腕がはみ出す。これまたしょうがないと勇作は反対に回って戻す。と、カズコは勇作に向かって半身に寝返る。浴衣の胸元から形のいい乳房がポロリとこぼれる。これで勇作の理性は尽きた。ここが限界なのだ。 カズコの策謀の完全な勝利だ。実戦で身につけた謀略の前では、勇作の理性なぞ木端微塵だ。清七の策略も影が薄くなる。関所一つ破った程度でしかない。 勇作の腕にはさいぜん胸の感触が残っている。胸元を直そうとした手は浴衣ではなく、思わず乳房に向かってしまう。これに触れたが最後、ついさっきの決意なぞ急速にしぼんでいく。胸元を直すはずが胸元を広げていき、見るだけのつもりが両の手で触りだした。触って終わるつもりが、全身を舐めまわし始めた。 見事な体だ。輝くような滑らかな肌と弾む乳房、程よく締まったお尻、ちょっと下っ腹が膨らんでいる以外は完璧だ。前の女房なんぞ比べ物にならない。もう遠慮なんかしていられない。 勇作はカズコにまたがると、両手と顔と舌でカズコの全身を隈なく愛撫する。カズコは目をつむったままだが、一つ一つに反応のため息を漏らす。それがさらに勇作を興奮させる。もう止められない。崇高な決意はしぼんだがおのが如意棒ははち切れんばかりだ。カズコの両足を開くと中心めがけて如意棒を突き刺した。カズコは目を閉じたまま、うーと喘ぎ、突き刺すごとに喘ぎを繰り返し、両の手を勇作にまわすと一突きごとに力を強めていった。最後の一突きには二人は完全に一つとなった。 カズコの力が徐々に抜けていく。勇作はその余韻に浸り心底幸福だった。その時、外で頃合を見計らっていた清七が踏み込んできた。 「やや、これはなんとしたごどだ。……オメさん、責任とってもらうど」 勇作にたいした異存はなかった。カズコといっしょになるだけで、責任を果たしたことになるならお安い御用だ。むしろカズコと毎晩やれるなんて望外の喜びだ。 村の連中はよくいままでカズコを放っておいたものだ。足元の玉は見過ごされるということか。それとも頭の足りないのが玉に瑕と敬遠されたのか。 勇作にはカズコの頭の足りないのも魅力だ。前の女房のような理屈の立つ女は懲り懲りだ。だが、ふと思うことがある。カズコは本当に頭が足りないのだろうか。足りないふりをしているのでは。でもなんのために。陰謀か。まさかな。 勇作はカズコを毎日抱いて飽きなかった。しかしカズコの腹が急速に膨れてきて、毎晩というわけにはいかなくなってきた。 「親父さん、人間のお産は十月十日と言うども、カズコはずいぶん早ぐねが。初っ端で種付けたどしても計算が合わね」 「十月十日と言うのは月齢の数えだ。出産なんてものは潮の満ち干に従うんだ。まあ農業指導員のオメさんは知らねべども」 どうも潮の干満なんてことを言われるのは苦手だ。なんか騙されているような気になる。 「それにしたってもう成熟期どは早すぎるべ」 「心配ね、カズコは早稲だ。これで村の性悪どもも悪さでぎね」 「……」 |