日本酒 [2017/10/23,13:28:56]
日本酒がおいしい季節だ。ワインだ焼酎だウイスキーだと声を荒げても、冷ややかな秋風が吹き出すこの時期、常温で飲む日本酒の美味しさは格別。先日は山仲間のT女史から「これうまいよ」と天の戸の「夏田冬蔵」という酒をいただいた。「夏田冬蔵」は杜氏の森谷さんが書いたうちの本の書名でもある。そのことをTさんは知らないようだが、知らなくてもうまければ何の問題もない。その森谷杜氏から焼酎用黒麹で仕込んだ「天黒樽熟成」という変な名前のお酒をいただいた。ワイン樽で寝かせたものだ。酒に関してはプロ中のプロ・種麹屋Kさんが「今年の秋田の酒ナンバーワン」とすすめてくれたものだ。もったいなくてまだ飲んでいないが、おっとり構えているとカミさんに空にされそうだ。早く晩酌の時間が来てほしい。秋はやっぱり日本酒ですよ、ご同輩。
方向音痴 [2017/10/22,13:12:03]
朝一番で東成瀬村へ。あいにくの雨だが県南部に入ると雨はポツポツの小ぶり。今日は村のスポーツ大会の取材なのだが、ただのスポーツ大会ではない。クマ撃ちのマタギたちによる「ライフル射撃大会」だ。村の腕自慢たちが愛用のライフルで200m先の的を撃ち、得点を競う。村内スポーツ大会に射撃があるっていうのもこの村ならでは。昔から狩猟文化が深く息づく地域なのだ。射撃場は大柳キャンプ場のそばにあるのだが、この山中に入ってから何度か道を間違え、車一台ようやく通れる林道を1時間近く出たり入ったり。けっきょく開始時間に30分以上遅刻してしまった。自分の方向音痴にほとほと落ち込み、車の運転そのものをやめたくなった。事前に調べていけばいいのだろうが、その段階でもう迷路に踏み込み、あきらめて本番勝負になってしまう。どうにかならんもんでしょうかね。
白系 [2017/10/21,08:59:00]
『北海タイムス物語』(増田俊也)という本を読んでいて、しまった、と本を取り落としそうになった。スタルヒンや大鵬といった人たちを「白系ロシア人」と書いたり言ったりしてきた。「白系」というのは「色の白い人」という意味だと信じて疑わなかったのだ。ロシア革命で亡命した人たちを、革命派赤軍の反対の人々として「白系」と呼んだ、なんてこの本を読むまで知らなかった。恥ずかしい。ついでに知らなかったことがもう一つ。ルネッサンスの三大発明。活版印刷に羅針盤、ここまでは何とかこたえられるが、もう一つがわからない。黒色火薬だった。これはおもいだしたのではなく知らなかった。『北海タイムス物語』は、あの名作『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の著者で、自伝的小説だ。なのだが主人公はまったくの創作人物のようで、他の登場人物に自分自身を投影させている。ちょっと珍しい手法をとった自伝小説で、おもしろい。
保険 [2017/10/20,11:09:18]
ストーブが着火しない理由が分かった。業者さんが来てチェックをしてくれたのだが、意外にも屋外にある灯油を吸い上げるサーバーが機能していない、ことが判明した。これもどうやら「カミナリ」のせいのようだ。9月末のあのカミナリで電話線のサーバーがダメになりPCにも甚大な被害が出た。でも運がよかったのは火災保険に入っていたこと。すんなり満額が保険からおりた。今回も原因はカミナリなので、また火災保険申請をするつもり。保険をかけている事すら忘れていたが、儲けたわけではないのになんだか得した気分。何十年もかけ続けてきた結果の、当然の権利なのだが、よく考えれば掛け捨てた金額に比べればもらう金額は微々たるもの。それでも身の不運を嘆く時間は短くなったから、まあいいか。それにしてもおそるべしカミナリ。
ストーブ [2017/10/19,10:26:04]
昨日からストーブをつけ始めたのだが、うまく石油が吸い上げられず着火できなかった。着火しても途中で消えてしう。石油を配達してくれる業者にストーブ点検をお願いし午後には来てもらうことにした。昔はデブだったので寒さにはめっぽう強かった。すき間から吹雪が入ってくるアパートでも平気だったし、50代までは「モモヒキしらず」だった(造語です)。それが55歳をこえたあたりから一転、やたらと寒がるようになった。山行で汗をかいた後の「冷え」が強烈で、なにか手足の血管に異常があるのでは、と疑ったことすらあった。朝晩の寒さに敏感になり、寝間着の上にダウンジャケットを羽織る日々だ。昔に比べれば10キロ以上痩せたので、その影響もあるのだろうが、やっぱり年齢と関係ある老化現象なのだろう。今日も寒いが、クーラーをヒーターにかえ、ストーブが直るまで耐えるしかない。
50年 [2017/10/18,10:05:09]
税理士のA先生が来舎。決算報告書の説明を受ける。その中身はまあいいとして、今回で決算は37期目。法人として37歳というのは人間の年齢で80歳ぐらいの感覚かな。「よく続きましたねえ」とA先生に褒めてもらったが、そのA先生の税理事務所もうちと同じころの創業だ。当時はまだ他の事務所で働いていたAさんが自立のさなかに経理をお願いした。だからうちと同じ法人年齢のはずだが、先生は「75歳までは私も頑張ります」とまだまだお元気。お互い年をとったが、もうひと踏ん張りしなければならないのは何処も同じ。小生は5年後、72歳になる。そこで無明舎は創業50年だ。何とかその時あたりまでは頑張りたいと思っている。
ホスピタリティ [2017/10/17,11:49:57]
昨夜はローカル線に乗って刈和野まで遠征。各駅停車に流れるゆったりした時間が愛おしい。年に何回か刈和野にある「工芸ギャラリーゆう」のK夫妻に招かれ、素晴らしい庭を愛でながら一献。作家のSさんやご近所のもやし屋(種菌)さん、酒蔵の杜氏さんが常連メンバーだ。K夫妻の心からのお料理やホスピタリティが文句なしに魅力だ。だから、どんな忙しくてもこの会には欠かさず参加させてもらっている。前回は予想外の男性コーラス隊が待機していて驚いたが、昨夜はそれぞれのメンバーの含蓄のあるお話がメイン。ずっと笑いっぱなしの宴を楽しんだ。外で酒を呑むのは久しぶり。やっぱりたまには外に出かけないと心がしぼんでしまう。それにしてもK夫妻のホスピタリティはすばらしい。それにこたえる術を持たない自分が情けない。
下り坂 [2017/10/16,10:30:04]
戦後まもなくこの世に生を享け、東京オリンピックの時に10代、GNPが世界2位になったのが20代、高度経済成長の続く70年代は30代。仕事の絶頂期とバブルが重なった40代から50代。そして2000年に入り、50代後半あたりから身辺に暗雲が立ち込めだした。人口減少や少子高齢化の嵐が自分の老化と歩調を合わせて押し寄せてきた。社会があと戻りできない「下り坂」の時代に突入したのだ。時代と寄り添うように自分自身も下り坂というのだから、平仄はあっている。しかし若い人たちは納得できないだろう。これから山に登ろうとしても、下山中の老人たちが我が物顔で道をふさいでいる。こんな世の中をつくった張本人たちが邪魔しているのだから世話はない。若い人たちに道を譲る方法をまじめに考えている。
ニホンジカ [2017/10/15,09:31:52]
東成瀬小学校の学習発表会の後、友人のSさん宅でおいしいお昼をごちそうになった。そのさい、さりげない一言にビックリ。「昨夜、小学校前の国道で大きなシカと会って急ハンドルを切った」というのだ。角があったし大きいのでカモシカと見間違えるはずはない、という。「それは役場には報告した?」「してません」。村ではクマや小動物と出会うのは日常だ。でもニホンシカが東成瀬にいる、というのは誰も確認していないニュースだ。老婆心ながら、すぐに村のマタギの重鎮であるTさんに電話報告。Tさんも驚いた様子で、すぐに調べてみるとのこと。東成瀬のマタギは冬季の狩猟シーズンになると山を越え太平洋の三陸まで遠征、駆除要請のでているシカを撃ちに行く。シカを見慣れているし(秋田県民はシカを見る機会がほとんどない)、その習性にも詳しい。シカの存在が確認されれば、すぐに何らかの手が打たれることになるだろう。村には鉄砲撃ちが沢山いる。
学習発表会 [2017/10/14,17:01:00]
東成瀬小学校の学習発表会を取材するため早起きして出かけてきた。小1から小6までの102人の生徒たちの半年近い奮闘を目の当たりにして、感動してさっき帰って来た。普段はプロの演奏会やパフォーマンスでさえ途中で嫌になり、あくびのひとつも出てしまう。なのにこの子供たちの劇や歌や群読、金管奏には飽きることなく3時間くぎ付けにで終了。何がよいのかよくわからないが、子供たちの一生懸命さと、それを温かい目でサポートする教師や肉親の人たちの「慈しみの空気」が会場に充満していた。自分の子供の出番が終わっても帰らない人たちからも、それは感じられた。少人数であること、コミュニティが小さなこと、の利点は、思っているよりずっと強い作用を持っている。

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