僧侶 [2026/03/19,10:01:09]
檀家が壊滅し「派遣」で葬儀に出かける僧侶の日常を描いた松谷真純『葬式坊主なむなむ日記』は知らないことばかりで、面白い本だった。この著者のお坊さん(もちろん仮名だが)は、東北のある地方都市に住む人なのだが、東京にアパートを借り、そこを「協会」と称し、派遣僧侶を始めている。さらに、それだけでは食べられず、配送会社で宅配の裏バイトまでしているというのだから驚いてしまう。葬式で得る収入の半分は派遣会社にとられてしまう、という現実にもびっくりするが、そうか、こんなにも僧侶の現実は大変なのか。ため息をついてしまった。この本は三五館シンシャの「職業と人生を読むドキュメント日記シリーズ」の一冊だ。このシリーズそのものは「中身が薄い」ものが多く、読むにたえないものも少なくない。何度か面白い書名にだまされて苦い目に遭っているのだが、この本は「僧侶のフトコロ事情」という業界の内部を正直に描いている。2時間ほどもあれば読めてしまう内容だが、書かれている中身が濃いから、十分楽しめた。
合わせ鏡 [2026/03/18,10:22:35]
午前中はほぼデスクワークで終わる。やることはいっぱいあるのだが、仕事が忙しいわけではない。ルーチンとしてやるべきことをやるだけで時間があっという間に過ぎてしまう。若い頃なら1時間でできたことが、今は4,5時間かかってしまう。午後からは昼食を自分で作って食べ、散歩に出る。帰ってからは資料調べや雑用をこなし、夕食後は原稿を書く。こんな毎日の繰り返しだ。零細小出版社でも世界の激動とちゃんとリンクしている。世間の冷たい風や政治状況と無縁ではいられないのだ。本など読んだりしているときじゃない、という空気感は敏感に伝わってくる。まあそれでも、やることがあるのは幸せなことだ。好きなことだけをして老後を過ごすのは理想だが、好きなことや幸せの裏には反対の現実も張り付いている。「好きなこと」と「しんどいこと」は合わせ鏡だ。
「山の學校」 [2026/03/17,09:56:23]
昔は(このフレーズをよく使うようになったなあ)、根詰めて仕事をして、耐えられなくなり、雄和にあった藤原優太郎さんの「山の學校」へよく息抜きに出かけた。山の中の広大なボロ屋で、ひとり優太郎さんはいつも笑顔で迎えてくれた。そこで茶飲み話をし、本よ読み、昼寝をさせてもらい、心身ともリフレッシュして、仕事場に戻ってきたものだ。冬場は雪があって行けないのだが、春になると真っ先に「山の學校」に駆け込むのが、雪解けの楽しみでもあったのだ。優太郎さんが亡くなってしばらくたつ。彼がいなくなってから「山の學校」には行かなくなった。だからその跡がどうなっているのかも知らない。こうやって一つ一つ、居場所も友人も思い出も消えていくのだろうか。優太郎さんが亡くなったのは、確か70代の前半で、自分はもうその年を超えている。光陰矢の如し、である。
相撲 [2026/03/16,09:47:50]
昔はあまり興味のなかった大相撲を、最近はよく見るようになった。年をとったからなのだろうか。相撲が面白いのはシンプルな格闘技だからだ。あの一瞬に、ほとんどの力士が立ち直れない怪我をするリスクと向き合いながらぶつかっていく。怪我をしないために体を鍛え、無理やり体を大きくする。すさまじい世界だ。安青錦のあまりの強さに度肝を抜かれたが、次の場所にはその弱点を研究し、もう簡単には勝てなくなる。この研究努力も大相撲のすごいところだ。だから誰も楽に勝てないし、誰もが明日怪我で欠場するリスクを背負っている。一瞬に命を燃やしているのだ。これはどう考えてもスポーツではない。リスクヘッジをしながらギャンブルしているようなものではないか。そこが面白いと感じるのだろうか。
普通 [2026/03/16,09:35:09]
去年の秋ごろ、気分一新のため、靴を三足買い替えた。そのことごとくが足に合わず、はくのをやめてからもしばらくは後遺症の足痛に悩まされた。雪が降ると途端に転んだ。受け身をとったせいで両手首を打撲し、ワープロを打つのも辛かった。そして真冬のさなか、今度は血圧が高くなり、降下剤を服用するようになった。この薬の副作用なのか何度も頭痛に悩まされることになった。ずっと頭が重く、口中が乾いて塩っっぽくなるのだ。なんともついていない「冬」だった。いまは靴も横幅のあるものにかえ、手首の痛みも消え、頭痛も収まった。春とともに身体はようやく「普通」に戻りつつある。普通が一番なのだが、その普通が難しくなるのが後期高齢者だ。
マナブ・マベ [2026/03/15,10:22:06]
接写レンズで散歩道のガラクタ類を撮った「拙者の散歩道」を、ZINEっぽい感じで本にしようと、編集作業中だ。「あとがき」を書きながら、でも自分はどうしてこんな「わけのわからない、ド派手な色彩の、抽象絵画のような図柄」が、好きなんだろうと考えてしまった。答えはすぐにわかった。日本人移民の取材で通い続けているブラジルに源があったのだ。ブラジルに行くたび、自分用に日系人画家が描いたシルクスクリーンの作品を買い求めてきた。好きな画家はマナブ・マベや大竹富江といった人たちで、特にマナブ・マベの絵が好きだ。家にも仕事場にも彼の絵が飾られている。この絵と私が散歩道で接写している「ゴミ」の絵柄がそっくりなのだ。世界的芸術家と路上のゴミを一緒くたにするのもなんだが、構図的には驚くほど似ていて、自分でも失笑するほど。そこで昔、東京で開催されたマナブ・マベの展覧会のカタログが欲しくなり、ネット古書店で検索すると1000円で売られていた。すぐに購入、飽くことなく眺めている。
行列 [2026/03/13,10:18:44]
散歩のメインコースは手形大通りと言われる道路だが、この道路わきに10店舗近いラーメン屋さんが軒を連ねている。繁盛店はうち2店で、ここはいつも行列ができている。ところが最近、この行列を見かけなくなった。学生の多く住む街なので、もう飽きたのだろうか、などと考えていたら、違った。手形通りより南側に、もう一つ大きな城東通りと呼ばれる道路がある。ここにあるパチンコ屋の店舗中に新しくラーメン屋ができた。行列はこの店にそっくり移動していたのだ。この場所も帰りの散歩コースだ。なるほど、いつ通っても、行列ができている。そうか、並んでいる若者は同じで、彼らはその都度、おいしい店を探しながら移動を続けるラーメンハンターたちなのか。手形通りよりも客層は若めで、ときには中高年も交じっているところを見ると、味は比較的おとなしめなのかもしれない。自分では食べる勇気がないから、その味を想像するしかない。
日系移民 [2026/03/13,10:06:26]
映画「愛と悲しみの旅路」は第2次世界大戦中の日系移民とアメリカ人のラブストーリーだ。舞台は砂漠のなかの日本人強制収容所なのだが、初めて見た映画だ。日系移民の物語をアメリカ(監督はイギリス人)側から描いた映画で日系人の描き方も自然だ。当時の風俗、役者たちの会話もリアリティがある。日本人ではなく本物の日系人の役者たちが出演しているからだろう。主演女優タムリン・トミタも素晴らしい。意外だったのは、終戦前に最高裁判決で強制収容は違法、と判断されていたことで、このへんはさすがアメリカだ。日本では考えられない三権分立が当時も機能していたのだ。主人公たちは結婚のためロスからシアトルに移り住む。これはカリフォルニア州の法律でアメリカ人と日本人の結婚が認められていなかったからだ。日本に強制送還された日系人は、捕虜になったアメリカ兵との「交換」のために、帰国を余儀なくされた、というのも初めて知った事実だ。それにしてもこのタイトルはどうにかならなかったのだろうか。原題は「Come see the Paradise」だ。これ、なんて訳すんだろ。
点字ブロック [2026/03/11,09:43:53]
散歩中、点字ブロックが見えなくなるほど道にはみだし駐車している飲食店がある。いつも気になっていたのだが、注意すると切れそうなタイプの店だ。不快に思いながらやり過ごしていたが、昨日通ったら工事中、どうやら店は閉店したようだ。視覚障害者が安全に移動するために道路上に設置される点字ブロックだが、この道で何回か白状を突いた人が歩いていて、駐車している車にぶつかりそうになったのを目撃したことがあるのだ。そんなこともあって注意しようと思ったのだが、店の雰囲気が悪いので、素直に社会の常識は通用しないな、と感じていた。でもこれでまずは一安心。雪がとけ、目にしたくない現実も赤裸々に目に飛び込んでくる。
手袋 [2026/03/10,10:06:13]
薄手の手袋を何双かもっている。薄手の手袋は山用に買ったもので、冬以外にも役に立つので重宝していた。雪が降り始めると使わなくなるので、4双ほどある薄手ものをまとめて袋にいれ収納した。それが「どこに収納」したかを忘れてしまった。雪が消え春になったが、散歩のときはまだ手袋が必要だ。厚手の手袋ではなく薄手の出番だ。でも、いくら探しても見つからない。数か月前に収納した場所がわからないのだ。やむなく厚手のもので代用しているが、気になるのというか、必要なので、今もその行方を一生懸命探している。いつでも取り出せるよう厚手とは別にして収納したのが災いしたようだ。このところ物忘れがひどく、その対応策でもあったのだが、裏目に出てしまった。まいったなあ。これからはこんなことが日常茶飯事になっていくのだろうか。

FREE imgboard v1.22 R5!!