やり残し [2026/04/02,09:36:44]
ずっとブラジル・アマゾンの日本人移民の調査取材を続けてきた。本にするためだが、いまだ本にできないまま半世紀近くも時間が経ってしまった。あきらめたことは一度もない。でも正直なところ「自分の力量を見誤った」という危惧には、ずっと苛まれてきた。膨大な時間とお金をかけた仕事なので、その「債務」は返さなければならない。それは義務でもある。残された時間は多くはない。自分のできる範囲で書くしかない。今やらないと、この仕事は墓場まで持っていくことになる。そこの墓場が見えてきたので焦っているのかもしれない。ここ数日、この仕事と真正面から向き合う日々が続いている。「自分のできることしかできない」。落ち込みそうになると、そう念仏のように唱え、自分に言い聞かせながら、取材ノートと格闘している。やり残したまま世を去る、というのは考えただけで震えてしまう。もう少しあがき続けるつもりだ。光よ、差し込んでくれ!
[2026/04/01,09:55:59]
雨なので散歩のストレッチと筋トレは中止。せっかく身体が負荷に慣れてきたところなので、残念。この春から、以前のように大平山前岳歩きを再開するためにストレッチと筋トレを続けてきたのだが、雨には勝てない。それでも夜、晴れ間を見つけて、いつもの半分のコースを歩いてきた。職住近接なので無理にでも外に出ないと引きこもりになってしまう。外に出るのと出ないのでは気分的にずいぶん違う。夜はこのところずっと『高峰秀子ベストエッセイ』(ちくま文庫)を、ゆっくりそしゃくするように読んでいる。文章がきれいなうえ、内容が深くて潔い。すごい人生なのにまるで「好きな小物」を愛でるような静かな熱情で語られる。こんなに読みやすい文章は久しぶりに読んだ気がする。華やかな女優業のかたわら、平凡な生活者として毎日を丁寧に生きる。切れ味のいい感性と洞察力で、社会や他者とまっすぐに向き合う。芸能人の書いた本の中では一頭地を抜く、優れたエッセイだと思う。
校閲 [2026/03/31,09:31:44]
地元新聞に月2回、「秋田のほん箱」というコラムというかエッセイというのか、駄文を書かせてもらっている。そこで、毎回のように自分自身の思い違いを指摘され、冷や汗をかいている。自分のことなのに他者の指摘のほうが明らかに正しいというのだから、やってられない。新聞社には「校閲」と言われる部署がある。偉そうなことを言うやつの原稿を眼光鋭くチェックしている。この校閲で引っかかるのだが、よくもまあそこまで調べるものだと思うほど、思いもかけぬ個所や方位から「事実と違います」とやられる。ある程度、自信をもって、調べて書いているつもりなのに、この指摘は身にこたえる。プロの作家と言われる人たちは実はこうした出版社の校閲係と日々バトルを繰り広げているわけだ。自分がいかに間違うか、勝手に都合のいい記憶を上書きしているか、よくわかる。チェックが入るたびに猛省するのだが、それでもすんなりと原稿が読み飛ばされることはない。
ボソボソと [2026/03/30,09:20:31]
冬の間の長い不調を拭い去るべく、毎日、ストレッチや原稿書きに精を出している。今年で77歳になる。つくづく思うのだが、人間は「健康」がいろんな行動の基準になっている。そんなことを実感する日々だ。いろんな悩みや苦労は誰にでもある。そこと立ち向かうには、こちら側がまずは健康でなければ勝負にならない。体力が落ちていく日々と限られた能力の中で、最大限の力を発揮するには、とりあえずは身体に大きな問題ないことが重要なのだ。この年になると心身に何の問題がない、などという人のほうが圧倒的に少ない。軽々しく「健康」や「不調」をも論ずることは危険なのだが、とりあえず、寝込むほどの疾病を抱えていないことに感謝して、ボソボソと仕事を続けるしかない。
10キロ! [2026/03/29,10:15:30]
バタバタと忙しい土曜日だった。「拙者の散歩道」の色校が印刷所から届いた。刊行は4月中旬になりそうだ。山形から友人のカメラマンが来舎。仕事ではなく知り合いの写真展が秋田市で開催中で、見に来たのだという。「拙者の散歩道」の色校を一緒に見てもらい感想を聞く。夕方、10年前、うちでアルバイトや山歩きをした国際教養大の学生だったY君からメール。引っ越しが終わったとのこと。彼は四国の出身だが、卒業後A新聞社に就職、全国各地を渡り歩いていたのだが、10年後、出身校のある秋田支局に戻ってきた。さっそく「和食みなみ」を予約し一献。昔話に花が咲く。家に帰ってきたのは11時を回りかけていた。飲み会時の往復は徒歩と決めている。この歩きだけで2時間半はとられてしまうのだ。昼もちゃんと散歩はしているから、この土曜日だけで「10キロ!」近く歩いている計算だ。これなら前岳、だいじょうぶかも。
懸案 [2026/03/28,10:32:45]
ずっと取材を続けているブラジル・トメアスーの「旅行記」に手を付け始めた。40年間、地球の反対側のアマゾンまで10数回も通い、日本人移民の村を取材してきた記録だ。お金も時間もかかっているせいか、いざ原稿を書き始めると妙に構えてしまい、とても人様に読んでもらえるようなものにならない。何度も試行錯誤や挫折があり、いつのまにか膨大な月日が過ぎてしまった。でももう人様の評価はどうでもいい。記録として残すのが大事なのだ。と自分に言い聞かせて「まとめ」の作業に入った。これでものにならなければ、すっぱり、あきらめるつもりだ。金も時間もどぶに捨てる、というやつだ。この原稿に一区切りつけば、いまのところ「やりのこしたこと」はない。これはこれで困ったことだが、先のことばかり考えていると「いま」が動かない。とにかく永年、プレッシャー以外何ものでもなかった荷物を早くおろしたい。身軽になって、次の目標を見つけたい。
新刊 [2026/03/27,09:51:26]
ホームページ連載中の「拙者の散歩道」を、本に編むことにした。4月には本が出来上がってくる予定だ。今はやりの「ZINE」のような気持ちで編んだもので、要するに「1冊でも本にできます」というやつですね。売れてほしいので、定価(1500円)もISBNもつけたが、まあ一種の自費出版である。趣味で本を作る、というのは簡単そうで案外難しい作業だった。半世紀以上、一冊でも多く本を売りたい、と思って出版業界で生きてきた。その真逆のモチベーションで仕事をするのだから、簡単にはなじめないのも当然だ。長く仕事を続けてきて、そのゴールも見えてきた。自分に対してご褒美を与えてもいいかな、というぐらいの気持ちなのだが、やっぱり出すからには売れてほしい。
日記 [2026/03/26,09:55:59]
昔から「日記」が好きだった。日記をテーマにした雑誌を作りたいと考えて、昔、企画を作ったこともあった。うまくテーマを絞り切れず、前に踏み出せなかった苦い経験もある。「日記」と書名にあるだけで見境なく購入してしまう悪癖はまだ残っている。出版不況のただなかで、ひとり気を吐く月刊誌『本の雑誌』の、今月号の特集は「日記の時代」だ。さすがだなあ。この雑誌だけが、いま活字業界で元気りんりん、活字の可能性を声高らかに歌い上げている。この特集のきっかけにもなったのは内沼晋太郎さんの立ちあげた書店「日記屋 月日」だろう。彼は「季刊日記」という雑誌まで刊行している。彼の最近の活動を知って「やられちゃったなあ」というのが、正直な感想だった。私にも彼と同じことを考えていた時代があったからだ。「本の雑誌」にも内沼さんにも敬意を表したい。日記は面白いよなあ。
試金石 [2026/03/25,09:53:55]
天気がいいので、足を延ばして駅前をブラブラ。特筆すべきなのは、「本屋」さんに入ったこと。本屋さんに行くことは年間を通じて2,3回。ましてや本を買うことはめったにない。そこで面白そうな文庫本を見つけた。『藩邸差配役日日控』(砂原浩太朗)だ。駅ナカの喫茶店で読み始め、1章分をまるまる読んでしまった。やっぱり面白い。100円ショップにも寄ってみた。あいかわらず、これ本当に100円? と不安になるような安さだ。イランの石油事情に思いをはせ、100円ショップがその試金石になる日も遠くないのかも、と不安を覚えた。100円ショップの隣はサイゼリアだ。この2つの店が、いまや日本の希望だ。帰途、冬の間、ストレッチも筋トレもしなかったことも反省、明日からちゃんとストレッチすることを誓う。
10年 [2026/03/24,09:34:05]
もう12,3年前になるが、無明舎には5,6人の学生アルバイトが常駐し、忙しく仕事を手伝ってもらっていた。この時期、学生アルバイトがたくさんいた理由は、会社のダウンサイジング(縮小)の作業を手伝ってもらうためだった。無明舎は大きな転回点にあった時期だったのである。3・11以降、このままでは出版は立ち行かなくなるという危機感から、事業を縮小して、できるだけ身軽になって壁を乗り越えようと決めた。この決断は今も間違っていなかったと思っているのだが、野放図に拡散してしまった経営を、ま逆の緊縮に舵を切るのは大変だった。その肉体労働や事務作業を学生アルバイトに頼ったわけである。卒業後、いろんなところに巣立った彼らとは今も連絡を取り合っている。彼らも社会に出て10年たち、そろそろ仕事場の異動の連絡が入るようになった。10年という歳月はそういう時間でもあるのだろう。あの当時のアルバイト学生たちの10年を想像することがある。そして無明舎のダウンサイジングは、今も続く課題である。

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