すごい人 [2026/03/22,10:07:06]
散歩の途中、自転車に乗って道路のゴミ拾いをする人に会った。広面では有名な方で、元三吉神社の宮司さんだったTさんだ。思い切って声をかけてみた。ずっと前から尋ねたかったことがある。近所にある石動神社によく行くのだが、その川向こうの丘に、白山神社がある。どちらも北陸由来の神社で、創建時期も同じころ。100メートルも離れていない場所に同じような創建由来の神社が二つある理由を教えてもらいたかったのだ。どちらの神社も、確か明治以降は三吉神社の管轄になっていたはずだ。「近いといっても地理的には広面と柳田で、大字が違います」というのがTさんの答えだった。A集落の南端にある神社と、B集落の北端の神社が、たまたま地理的に隣同士になり、しかし両社に交流はない、というケースは珍しくないのだそうだ。なるほど。それにしても、散歩中よく目にするTさんのゴミ拾いには頭が下がる。あの23年の集中豪雨による太平川氾濫の翌日も、Tさんは黙々とゴミ拾いをしていた。すごい人だ。
バカ老人 [2026/03/21,12:21:58]
何冊読んでも同じことを書いているのだが、勢古浩爾の「バカ老人シリーズ」(私の命名)は、やっぱり面白い。最新作の書名は『老後がめんどくさい』(草思社)だ。最新作でも相変わらず「老後は楽しまなきゃ損」をとなえるバカたちがやかましい、と吠えまくる。老後の資金はないし、小中高時代の友達はいない。ボーっと生きてるだけだが、それで全然いい。余計なことを言うな! と勢古節全開である。章題を読むだけで内容がわかる。「望みは昨日と同じ今日の日」「人生のほとんどは運である」「狡猾な世間に振り回されない」「老人は世につれ、人につれ」「なるようになるよ」……と言った具合だ。勢古の反対側にいる「楽しめ教」の教祖は和田秀樹だ。和田は楽しむことが義務のように語る。これこそ逆に病気ではないのか。ちなみに勢古は老後の最大の断捨離は「ニュースを断ち、新聞を捨て、テレビから離れる」ことだという。和田の対極にいる論客として、医師で作家の久坂部羊を上げている。今度彼の本も読んでみよう。
スカウト [2026/03/20,10:13:28]
センバツ高校野球が始まったが、まったく興味はない。プロ野球は好きだが、最近は大谷フィーバーで少々うんざりだ。そんな中、後藤正治『スカウト』(講談社文庫)を読んだ。94年夏から3年間、広島カープの木庭教という老スカウトを追っかけたノンフィクションだ。いわばプロ野球の裏面史で、スカウトという仕事の内幕を描いたものだ。村山首相が誕生し、松本でサリン事件が起きた頃の物語だが、意外だったのは、当時のスカウトたちの目玉選手は、超高校級といわれた秋田経法大付高のO投手だったこと。左腕で140キロの球を投げる逸材だったが、その後、ノンプロの日石に入社、オリンピックでは銀メダルを取り、ドラフトで巨人に2位指名された。が、けっきょく芽は出なかったのだが、このOの記述が何か所かに出てくる。彼は去年、酒を万引きし逮捕され、その常習性で話題になった人物なので、あえてイニシャルにしたのだが、本ではもちろん実名である。あの落合への記述も面白い。「守備はへた、肩が弱くて、鈍足」という評価なのだ。そのためロッテの指名は3位で、年齢は25歳だ。江川の「空白の一日」大騒動が、落合の指名と同じ年だったのはは意外だ。歴史上もっとも凄い投手は? というのは誰でも知りたいところだが、断定はしていないものの、尾崎、池永、江川といったあたりで、スカウトたちの評価は一致しているようだ。もうこの本そのものが戦後プロ野球史になっているのだが、それを支えた「影の男たち」にスポットを当てた傑作である。
僧侶 [2026/03/19,10:01:09]
檀家が壊滅し「派遣」で葬儀に出かける僧侶の日常を描いた松谷真純『葬式坊主なむなむ日記』は知らないことばかりで、面白い本だった。この著者のお坊さん(もちろん仮名だが)は、東北のある地方都市に住む人なのだが、東京にアパートを借り、そこを「協会」と称し、派遣僧侶を始めている。さらに、それだけでは食べられず、配送会社で宅配の裏バイトまでしているというのだから驚いてしまう。葬式で得る収入の半分は派遣会社にとられてしまう、という現実にもびっくりするが、そうか、こんなにも僧侶の現実は大変なのか。ため息をついてしまった。この本は三五館シンシャの「職業と人生を読むドキュメント日記シリーズ」の一冊だ。このシリーズそのものは「中身が薄い」ものが多く、読むにたえないものも少なくない。何度か面白い書名にだまされて苦い目に遭っているのだが、この本は「僧侶のフトコロ事情」という業界の内部を正直に描いている。2時間ほどもあれば読めてしまう内容だが、書かれている中身が濃いから、十分楽しめた。
合わせ鏡 [2026/03/18,10:22:35]
午前中はほぼデスクワークで終わる。やることはいっぱいあるのだが、仕事が忙しいわけではない。ルーチンとしてやるべきことをやるだけで時間があっという間に過ぎてしまう。若い頃なら1時間でできたことが、今は4,5時間かかってしまう。午後からは昼食を自分で作って食べ、散歩に出る。帰ってからは資料調べや雑用をこなし、夕食後は原稿を書く。こんな毎日の繰り返しだ。零細小出版社でも世界の激動とちゃんとリンクしている。世間の冷たい風や政治状況と無縁ではいられないのだ。本など読んだりしているときじゃない、という空気感は敏感に伝わってくる。まあそれでも、やることがあるのは幸せなことだ。好きなことだけをして老後を過ごすのは理想だが、好きなことや幸せの裏には反対の現実も張り付いている。「好きなこと」と「しんどいこと」は合わせ鏡だ。
「山の學校」 [2026/03/17,09:56:23]
昔は(このフレーズをよく使うようになったなあ)、根詰めて仕事をして、耐えられなくなり、雄和にあった藤原優太郎さんの「山の學校」へよく息抜きに出かけた。山の中の広大なボロ屋で、ひとり優太郎さんはいつも笑顔で迎えてくれた。そこで茶飲み話をし、本よ読み、昼寝をさせてもらい、心身ともリフレッシュして、仕事場に戻ってきたものだ。冬場は雪があって行けないのだが、春になると真っ先に「山の學校」に駆け込むのが、雪解けの楽しみでもあったのだ。優太郎さんが亡くなってしばらくたつ。彼がいなくなってから「山の學校」には行かなくなった。だからその跡がどうなっているのかも知らない。こうやって一つ一つ、居場所も友人も思い出も消えていくのだろうか。優太郎さんが亡くなったのは、確か70代の前半で、自分はもうその年を超えている。光陰矢の如し、である。
相撲 [2026/03/16,09:47:50]
昔はあまり興味のなかった大相撲を、最近はよく見るようになった。年をとったからなのだろうか。相撲が面白いのはシンプルな格闘技だからだ。あの一瞬に、ほとんどの力士が立ち直れない怪我をするリスクと向き合いながらぶつかっていく。怪我をしないために体を鍛え、無理やり体を大きくする。すさまじい世界だ。安青錦のあまりの強さに度肝を抜かれたが、次の場所にはその弱点を研究し、もう簡単には勝てなくなる。この研究努力も大相撲のすごいところだ。だから誰も楽に勝てないし、誰もが明日怪我で欠場するリスクを背負っている。一瞬に命を燃やしているのだ。これはどう考えてもスポーツではない。リスクヘッジをしながらギャンブルしているようなものではないか。そこが面白いと感じるのだろうか。
普通 [2026/03/16,09:35:09]
去年の秋ごろ、気分一新のため、靴を三足買い替えた。そのことごとくが足に合わず、はくのをやめてからもしばらくは後遺症の足痛に悩まされた。雪が降ると途端に転んだ。受け身をとったせいで両手首を打撲し、ワープロを打つのも辛かった。そして真冬のさなか、今度は血圧が高くなり、降下剤を服用するようになった。この薬の副作用なのか何度も頭痛に悩まされることになった。ずっと頭が重く、口中が乾いて塩っっぽくなるのだ。なんともついていない「冬」だった。いまは靴も横幅のあるものにかえ、手首の痛みも消え、頭痛も収まった。春とともに身体はようやく「普通」に戻りつつある。普通が一番なのだが、その普通が難しくなるのが後期高齢者だ。
マナブ・マベ [2026/03/15,10:22:06]
接写レンズで散歩道のガラクタ類を撮った「拙者の散歩道」を、ZINEっぽい感じで本にしようと、編集作業中だ。「あとがき」を書きながら、でも自分はどうしてこんな「わけのわからない、ド派手な色彩の、抽象絵画のような図柄」が、好きなんだろうと考えてしまった。答えはすぐにわかった。日本人移民の取材で通い続けているブラジルに源があったのだ。ブラジルに行くたび、自分用に日系人画家が描いたシルクスクリーンの作品を買い求めてきた。好きな画家はマナブ・マベや大竹富江といった人たちで、特にマナブ・マベの絵が好きだ。家にも仕事場にも彼の絵が飾られている。この絵と私が散歩道で接写している「ゴミ」の絵柄がそっくりなのだ。世界的芸術家と路上のゴミを一緒くたにするのもなんだが、構図的には驚くほど似ていて、自分でも失笑するほど。そこで昔、東京で開催されたマナブ・マベの展覧会のカタログが欲しくなり、ネット古書店で検索すると1000円で売られていた。すぐに購入、飽くことなく眺めている。
行列 [2026/03/13,10:18:44]
散歩のメインコースは手形大通りと言われる道路だが、この道路わきに10店舗近いラーメン屋さんが軒を連ねている。繁盛店はうち2店で、ここはいつも行列ができている。ところが最近、この行列を見かけなくなった。学生の多く住む街なので、もう飽きたのだろうか、などと考えていたら、違った。手形通りより南側に、もう一つ大きな城東通りと呼ばれる道路がある。ここにあるパチンコ屋の店舗中に新しくラーメン屋ができた。行列はこの店にそっくり移動していたのだ。この場所も帰りの散歩コースだ。なるほど、いつ通っても、行列ができている。そうか、並んでいる若者は同じで、彼らはその都度、おいしい店を探しながら移動を続けるラーメンハンターたちなのか。手形通りよりも客層は若めで、ときには中高年も交じっているところを見ると、味は比較的おとなしめなのかもしれない。自分では食べる勇気がないから、その味を想像するしかない。

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