「山の學校」
[2026/03/17,09:56:23]
昔は(このフレーズをよく使うようになったなあ)、根詰めて仕事をして、耐えられなくなり、雄和にあった藤原優太郎さんの「山の學校」へよく息抜きに出かけた。山の中の広大なボロ屋で、ひとり優太郎さんはいつも笑顔で迎えてくれた。そこで茶飲み話をし、本よ読み、昼寝をさせてもらい、心身ともリフレッシュして、仕事場に戻ってきたものだ。冬場は雪があって行けないのだが、春になると真っ先に「山の學校」に駆け込むのが、雪解けの楽しみでもあったのだ。優太郎さんが亡くなってしばらくたつ。彼がいなくなってから「山の學校」には行かなくなった。だからその跡がどうなっているのかも知らない。こうやって一つ一つ、居場所も友人も思い出も消えていくのだろうか。優太郎さんが亡くなったのは、確か70代の前半で、自分はもうその年を超えている。光陰矢の如し、である。
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