コピーライト [2022/07/04,10:11:59]
最近あまり商品の宣伝コピーが話題になることがない。メディアが多様化し、ひとつのもの(言葉)に夢中になる環境がなくなったのも原因だろう。若いころ、「おいしい生活」や「人間は犬に食われるほど自由だ」「私はコレで会社を辞めました」「想像力と数百円」とか、まあ見事に時代の空気を切り取り、言語化したコピーがいろいろあった。その言葉を思い出すだけで時代背景までリアルに脳裏によみがえる。この手のインパクトのあるコピーが最近は皆無だ。と思っていたら岩波新書の新刊『読書会という幸福』(向井和美)のオビ文コピーに驚いた。「わたしがこれまで人を殺さずにいられたのは、本があったから」。なるほど本好きなら、うんうん、そうそう、とコピーへのシンパシーから本を買いたくなるに違いない。こんな直截的な惹句こそ、いま求められているコピーなのかもしれない。著者の本文の文言から採ったコピーだった。
ホテル [2022/07/03,21:08:04]
今日も庄内。ホテルはいつものリッツ&ガーデンだが、このホテルの名物であるバイキングがコロナのため中止になっていて、朝は定食型式に替わっていた。やっぱりそれでもおいしかったので文句は言えないが、残念でもある。朝一の飛島行きの船を予約していたのだが、ターミナルに行くと「波が高いため航行できない」とのアナウンス。ピーカンの空なのに海は荒れているのだ。今日一日、飛島を一人で歩き回るつもりだったが予定がすっかりくるってしまった。そこで最近、鶴岡にできて話題になっている「スイデンテラス」というホテルを見学に行くことにした。鶴岡郊外、加茂水族館から10キロほど離れた田んぼのど真ん中にある木造ホテルだ。田んぼの中にあるから「水田」なのだ。ネットでみるとまるで巨大な空中楼閣で、建築家・坂茂の手になる渾身の作品でもある。ここまでくるとほぼ美術品だ。なかも一通り見てきたが、これなら一度は泊まってみたいなあ、と思わせる内容の建物だった。ものは試しだ。一度泊まって仲間たちに自慢をしたい。その後は外に出るのが辛い暑さの庄内から、逃げるように秋田に帰ってきた。いやいやそれでも実に楽しい2日間だった。
羽黒古道 [2022/07/03,16:42:42]
今日は朝4時起きで酒田へ。友人の写真家Sさんと鶴岡・羽黒山の古道(階段ではない裏登山ルート)を歩くためだ。庄内はもう梅雨が明けて猛烈な暑さ。登山客は我々だけで静かな古来からの参詣道を1時間半かけて登ってきた。アカショウビンや猛禽類、イノシシの泥遊び跡、ドクダミやエゾアジサイの咲き誇るし森の中を、たっぷりと堪能。下山後、近くにある明治維新の鬼っ子・清川八郎の記念館を訪ね、さらに欲張って最近できたばかりの酒田駅前の市立図書館も見学。それでも飽き足らずなんと土門拳記念館にまで足を延ばしてきた。ちょうど特別企画展「木村伊兵衛と土門拳」を開催中で期間は明日まで。ライバルの二人の、バチバチの火花が飛び火してくるような緊張感のある、いい企画だった。夜は庄内の山の後に必ず打ち上げをする中華料理店「香雅」。もう息子さんの代に替わっていたが、父の味を引き継いで、相変わらずおいしい。長い庄内の一夜だった。
そばつゆ [2022/07/01,10:20:18]
定番のリンゴ・カンテンランチを一時中断、昼は毎食そばを食べている。岩手の乾麺(土川そば)を茹でて「もり」で食すのだが、そばつゆがちょっと変わっている。市販のつゆに大量の黒コショウを入れ、かつぶしをチン、カリカリにして投入。きざみネギもたっぷり。そばつゆに黒コショウ、ときいた時、あまりの想定外のミスマッチに、逆にうまいのでは、と前のめりになった。テレビのバラエティ番組で見聞した話だ。そばつゆと黒コショウ、それにかつぶしチンという異様なタッグに「文句を言う前に試してみよう」と思ってしまったのだ。これが本当にうまかった。不思議なのは黒コショウが味覚的には地味な役割(隠し味)しか果たしていない。でも欠かせない。蕎麦というのは「そばつゆ」がうまければ食べられる。逆にそばつゆがまずいと、どんなうまいそばも台無しだ。そばつゆがいいと「もり」や「ざる」で充分、他の具材はいらない。
ハナミズキ [2022/06/30,10:01:32]
老女がスマホで街路樹の撮影をしていた。「この花、なんでしょね?」と散歩中に訊かれた。「ハナミズキだと思います」。たまたま唯一知っている樹木だった。散歩コースにはハナミズキが多く植えられている。山で見かけることはめったにないのに街路樹にはかなりの頻度で、あの真っ白できれいな花を咲かせている。これもあの一青窈のヒット曲の影響かな、と思っていたのだが、そうではなかった。街路樹ということは税金である。公金を使って流行歌に追従するとは考えにくい。調べてみると「成長が遅いのに、きれいな花が咲く」という長所から、ハナミズキがセレクトされたものだそうだ。成長が遅いので管理がしやすく、枝葉のゴミも少ない。これが行政お気に入りの理由だった。ハナミズキの英語名は「ドッグウッド」。樹皮が犬の皮膚病に効果てきめんなのでつけられた名前らしい。焼き肉串説というのもあった。逆に日本の正式和名は「アメリカ山法師」だ。
トンネル [2022/06/29,10:45:03]
もう2年以上続いている身辺の「停滞」と「諦観」を少しでも変えたいと、いろんなルーチンを見直してきた。でもほとんど何も変わらない。相変わらずどこにも浮上の兆しは見えない。わが秋田も底なし沼のような暗闇で眠ったままだ。でもせめて自分だけでも変わらなければと験を担いで腕時計をやめてみたり(すぐに元に戻した)、15年以上使い続けた愛着のある登山ザックを見切ったり。毎週、場所を決めて草むしりをすることで願掛けまがい。散歩はどんなことがあっても欠かさないし、ブログ日記も「ほぼ毎日」を自分に課している。普段は洗濯しないアウター(コート類)をコインランドリーで洗ってみたり、外食をやめ,できるだけ自分の食べたいものは自分で作るように。月1回の家族外食は続けているが、個人的には飲食店とはほぼ絶縁状態だ。おかげで体調はいいのだが、どうにも気鬱が晴れることはない。爽快感とは縁遠い日々なのだ。長い人生にはこうしたトンネルのなかの滞在時間も必要なのだろう。とにかく今はじっと耐えるしかない。
ザック [2022/06/28,09:45:34]
Sシェフから先日の大白・小白森の写真が送られてきた。楽しい山行を記録したものではない。ザックを背負った私を背後や側面から撮ったものだ。もう15年も使い込んでいる愛用のザックは、この日も不調で胸のベルトが外れ、ずり落ちてくるザックと格闘し、そこに気をとられて集中が続かなかった。そのザック姿を「あまりにザックが似合っていない」「体とフィットしてないばかりか、だらしなさすら感じる」とSシェフから叱責され証拠写真として送られてきたものだ。自分でもなんとなく、このザックはもう限界だな、と感じていたのだが、この無様な姿を目の当たりにすると我ながらガックリうなだれるしかない。今日新しい30リットルのザックを買い替えることに決めた。ネット購入も考えたのだが、やはりこれは自分の体にフィットさせ、実物の善し悪しを確かめる必要がある。午後から登山専門店に行き、まずは徹底的に身体に合わせてみようと思っている。他者から教えてもらわなければ、見えないこともある。
木の名前 [2022/06/28,09:31:22]
山里を車で走っていると道路の両サイドの深緑の樹海にキラキラと葉が白く輝いている木が見える。これはマタタビの木だ。葉裏が光で反射して銀色に輝いているのだ。薄黄色の花を咲かせた木も緑一色の中では際立っている。これはクリの木だ。黄色の葉は雄しべだという。黄色は雄しべの色なのだ。緑の中の黄色というのもよく目立つ。だから樹木オンチの私にもマタタビとクリの木は一目でわかる。「雑草という名の植物はない」というのは昭和天皇の名言だが、作曲家の團伊玖磨のエッセイで「見知らぬ木々」といった表現をする作家はバカ、と痛罵していた。「知らなかったら調べればいいだろう」と怒りがやまない。プロの仕事は調べること、と食物には厳しい。確かに植物の名前を知っているのと知らないのとでは、世のなかの「広さ」が違う、ような気がする。覚えてもすぐに忘れてしまうが、「あれはなんの木?」と誰彼構わず訊きまくっている最中だ。ひとつ新しい木花のことを知ると、本当に世界は1メートルほど広くなったように感じる。
深味 [2022/06/27,10:33:35]
2014年にモモヒキーズで登った「大白森・小白森」に7年ぶりで再挑戦した。Sシェフと2人きりの山行だ。雨模様だったが、私の強い希望で強硬突破することに。今日登らないと数年は登れる可能性が低くなるからだ。鶴の湯登山口から登ってそこに帰ってくるコースだが、難易度は太平山奥岳クラスかそれ以上。この日に備えて体重を2キロ落とし体調を整えてきた。のだが小雨は止むことなく、足場はドロドロ、眼鏡が曇って歩きにくい。1011メートルの分岐地点まで到達、そこで引き返してきた。ここまで2時間半、小白森まではまだ40分(距離は1キロ)ある地点だ。山にはタケノコとりと思われる人たちが複数みられた。ここはクマのメッカでもある。登山を楽しむというより、白い煙幕がかかった山中をクマの恐怖におびえ、ひたすら鈴を鳴らし、笛を吹き、大声を出し続けながら歩く。なにが楽しいのかと笑われそうだが、この小雨とクマ恐怖も山行の欠かせない「深味」である。何とか機会を作って秋にリベンジしたい。
コラムニスト [2022/06/25,10:10:12]
このところ知り合いや有名人の死去の報に触れることがなく、なんとなく「いい傾向だ」などとほざいていた。のだが昨日、ネットニュースで「コラムニスト小田島隆、65歳で死去」の報が午後一番で流れた。最近、彼の本を最初から読んでみようと思いたち、まとめて見繕ろい古い年代順(1冊目は88年の「我が心はICにあらず」(BNN)から読み出したところだった。アル中で苦しんだり、脳梗塞で病床にあるという情報は知っていたが死因は脳梗塞。コロナ禍で入退院を繰り返していたようだ。自らのアル中体験について書いた本をリアルタイムで読んでいたので、これじゃ長生きはできないな、と感じてはいたが新刊が出ると必ず本を買う作家のひとりだった。世の中に忖度なしで批判のパンチを繰り出せる数少ない言論人のひとりだった。こうした身を削る社会批判で口を糊する言論人がいなくなるのが怖い。

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